アイルランド文学の研究者に、以前、妖精をみたことがあるかと聞かれ、そんなものは見たことはないと答えたのだが、アイルランドの文学や文学を研究していると、妖精が見えるようになりますよと言われた。
そんなものは見たくもないし、見えるようになるのも嫌なのだが、その時、アイルランド研究者の方のいう「妖精」とは、どんなものであったかは、それ以上、追求しなかったが、当時、『借りぐらしのアリエッティ』が公開されていたので、私はなんとなくそのことを考慮しつつ、妖精とはアリエッティみたいな少女というように連想した。ただし私が勝手に勘違いしていたのだが、アリエッティは妖精ではなく小人であり、当時は、手のひらに乗るような小さい人のことが話題となり、小人を見ることがブームになっていたこともあり、そのあたりから妖精=アリエッティという勝手な誤解が私のなかに生じたのだろう。【ちなみに、『アリエッティ』の声優陣は、志田未来、大竹しのぶ、三浦友和、藤原竜也、神木隆之介、 竹下景子、樹木希林、羽鳥慎一、吉野正弘で、プロの声優はひともいない。これだけの俳優を揃えたら豪華な実写版映画ができそうだが。ここにあるのはアナウンサーは使っても声優だけは使いたくないジブリの顕著なアンチ声優姿勢である】
とはいえそれは突拍子もない連想ではない。人間から隠れつつも人間と共存している小さな人間型生物というのは妖精の属性でもある。まあしいて言えれば妖精は昆虫のように羽が生えているといえるかもしれない。まさに妖精物語あるいは児童文学などで語られる可憐な姿の妖精たちは、恐怖とはほど遠い存在である。
ではなぜ映画『フレワカ』について語るのに、妖精の話題を持ち出したのか? 実際、AIが出した現時点での作品紹介は次のようなものである:
アイルランド発のフォークホラー映画 『FRÉWAKA/フレワカ』 は、民間伝承やケルト神話に根ざした“女性たちの痛み”をテーマにした強烈な作品として注目されています。あなたが開いているページからも分かるように、批評家からの評価は非常に高く、Rotten Tomatoes では 96% のスコアを獲得しているほどです 。これだけではよくわからないのだが、これはAIが悪いとかバカだということではなく、AIが参照した資料が貧弱すぎるからである。
そもそもこの『フレワカ』は、妖精による拉致Faerie Abductionの話である。これは日本にもある異界に連れ去られる話(「神隠し」とか「浦島太郎」伝説なども含む)とも関連しているだろうし、UFOに連れ去られるという体験談も、妖精による拉致の現代版あるいは宇宙人版であろう。フェアリー・アブダクションで問題になるのは、昆虫のように小さく羽のはえた妖精たちが、『ガリヴァー旅行記』の小人国の住人さながらに、彼らにとっては巨人である人間をどうやって連れ去ったのかということである。また連れ去られたほうも、小人のような妖精など、ガリヴァーのように小便をひっかけて撃退すればいいようにも思われることだ。
『フレワカ』の最後で主人公の女性は、魔界に拉致されて、そこに君臨する魔王(ヤギの角をはやした魔物)の花嫁になることが暗示されている。ケルト神話においてヤギは聖性と魔性をもった特権的動物であったらしい。悪魔との結婚。どこに妖精がというなかれ。それこそが、この魔王が、ヤギの大きな角をはやしたこの化け物こそが、実は妖精なのある。
そう妖精が、童話や絵本に描かれたかわいらしい妖精になる前の姿の、太古から受け継がれ、そしてケルト神話のなかで語られてきた妖精は、おそるべき悪魔であり魔物であり、妖精の国は、地獄のような魔界なのである。
中世(13世紀か14世紀)につくられたSir Olfeoは、ギリシアのオルフェウス神話とケルト伝承とが合体した内容をもつ物語詩である。イングランド王オルフェオが、妖精の国に拉致された妃を取り返すために、妖精の国に赴き、最終的に、妖精の王の妃となっていた、自分の妃を連れもどす(オルフェウス神話とは異なり)のだが、この妖精の国はイングランドの隣国であるようにもみえるのだが、オルフェウス神話を介することによって、魔界あるいは冥府のようにも思われる。オルフェウスの拉致誘拐された妃は死者の国に連れ去られたとも考えられ、しかも冥府の王の妃になるというのは暴力的な拉致・監禁・凌辱を連想させ、そこには、おとぎ話的まさにフェアリー・テイル的なファンタジー性はない。
だが、これこそが、冥府・魔界にうごめく魔物たちに拉致されるかもしれないこの恐怖こそが、ケルト神話あるいはいまなおそれを色濃く受け継ぐアイルランドにおけるフェアリー・アブダクション物語の精髄であり、この映画においても恐怖の対象は醜悪で異形の魔界の住人たち、すなわち妖精なのである。
このことは私の勝手なこじつけではない。映画のなかで妖精の到来を防ぐものとして、塩と鉄(釘)が用いられる。あとそれに蹄鉄。これらはとくに説明されていないのだが、伝統的に妖精除けのお守り的な機能を果たしてきた。魔界=妖精の国に通ずる地下室、人間に化けて訪れる妖精たち。塩と釘と蹄鉄。この映画のなかで女性たちがおびえているのは、まさに妖精たち(フェアリーテイルの妖精ではなくケルト神話の魔界の住人たち)なのである。
映画の公式ウェブページ(日本版)にはネタバレ・コーナーがあって、文化的・歴史的解説してくれていてありがたいのだが、最初にストローボーイの解説がある。
ストローボーイとある。この映画の冒頭の結婚式の場面のことだが、藁仮面の男たちが妖精ランドと通じているらしく、彼らが花嫁を拉致したに違いない。そしてそのような結婚式への招かれざる客という儀式は、ヨーロッパで長らくおこなわれてきたシャリバリを彷彿とさせる。このシャリバリは不釣り合いな結婚、あるいは問題のある結婚をする花婿花嫁を罰するという機能があった。そう考えると、映画冒頭の結婚式の花嫁は婚前交渉によって妊娠していたことがのちに語られるのだが、この夫婦を罰するためにストローボーイたちが到来したとみることはできる。花嫁は拉致され、夫は花嫁とりもどすために、妖精たちと取引をする……というのが最終的にあかされる事件の経緯である。
映画の冒頭に登場する、一種異様な藁仮面の男たちは、アイルランドの農村に実在した土着習俗「ストローボーイ」に由来する。かつてのアイルランド農村では、祝いの儀式として、このストローボーイたち(=招かれざる客)が結婚式に押しかけて踊る風習があり、1970年代頃まで続いていたという。
監督のクラークは「なぜそんな風習が生まれたのか、本来の意味は私たちにもわからない。ただ、藁仮面の男たちが結婚式に押しかける儀式の形だけが残っている」と語る。作中では、祝祭でありながら、どこか暴力性や排他性を感じさせるストローボーイたちの姿が描かれる
また映画のなかでは「マグダレン洗濯所」が触れられる。公式ウェブページにもこうある:
マグダレン洗濯所実際、『マグダレンの祈り』(The Magdalene Sistersピーター・マラン監督2002)もあったし、今月下旬にはキリアン・マーフィーの主演およびプロデュースで『決断するとき』Small Things Like Theseティム・ミーランツが監督2024)が全国公開される。
アイルランドの厳格なカトリック観の下で、非行少女や未婚の母などを強制収容する施設として実在した「マグダレン洗濯所」。そこでは、罪を洗い流すことを名目に、収容女性に対する過酷な労働の強制や虐待が行われていた事実があり、アイルランドの歴史に暗い影を落とす。【以下、映画にかんするネタバレがあるので略】
アイルランドが抱えている妖精の国という地下王国は、歴史的にみると異形の悪魔たちの王国であったし、女性からみれば、ヤギ頭の魔王が君臨する女性にとっての恐怖の国でもあった。公式ウェブページのネタバレ・コーナーにもあるように:
アイルランドの女性に引き継がれるトラウマアイルランドは恐るべき妖精の国である。つまりアイルランドは妖精の国と共存している、あるいは通底しているのではなく、アイルランドそのものが妖精の国、男性優位・女性抑圧・女性虐待の恐怖の国だったのである。
アイルランドという国を形作るアイルランド共和国憲法には、保守的なカトリックの社会観が反映されている。特に「女性の居場所は家庭である」と明言されていることが象徴的で、歴史的に見てもアイルランドの法律における女性の扱いは良いものではなかった。他の国々では当然とされていた多くの女性の権利が認められるようになったのは、ごく最近のこと。例えば夫が妻をレイプすることは1990年まで合法であったり、その上で中絶は2018年まで違法だった。1977年までは既婚女性が職を持ち続けることは許されず、1991年までは女性が避妊具を自由に購入することもできなかった。クラークは作中で、そんなアイルランドの歴史の中で女性たちが抱えてきたトラウマの記憶を、いくつかのモチーフによって表現した。
実際、この映画で主人公の女性は、あれほど自由を望んでいたのに最後には自ら魔界へと赴き、ヤギ頭の魔王の花嫁になるところで終わる――望まぬ相手との結婚は、女性史におけるもっとも悲惨で過酷な女性の運命であった。それは彼女が自分を犠牲にしてレズビアンのウクライナ人の恋人を救おうとしたためである。彼女のレズビアン性もまた「妖精」たちの怒りを買った可能性がある。そしてまた、ミッドクレジット・シーンで、このウクライナ人の恋人は、自分を犠牲にして子供を救おうとする。女性のもつ自己犠牲の精神を食い物にして妖精の国は肥え太ってきた。女性に対する搾取こそが、この妖精の国の根幹にある(ちなみに「フレワカ」とはRootsという意味とのこと)。
映画の最後、主人公の女性は花冠をかぶり花嫁衣裳である白いドレスをまとい緑があざやかな妖精の国を歩んでゆく。だが彼女は目から血の涙を流している。アイリス・マードックの小説の『赤と緑』が思い出される。しかもそこに白いドレス、その三色は、まさにアイルランドの三色国旗の色ではないか。彼女が最後に歩んでいくのは、魔界としての妖精の国の土ではない。アイルランドの国土そのものなのである。
いや、待ってほしい、アイルランドの国旗は、緑と白とオレンジ色であって赤ではない(緑・白・赤は、イタリア国旗である)と、そういわれるかもしれない。だがアイルランドの国旗のオレンジ色のその真の姿あるいは色は、女性たちの血の涙の色なのである。
【関連する記事】
- 『ヌーヴェルヴァーグ』2
- 『マイケル』
- 『シラート』2
- 『ヌーヴェルヴァーグ』1
- 『シラート』1
- 『君は映画』
- 『ユマカウンティの行き止まり』2
- 『ユマカウンティの行き止まり』1
- 『マンダロリアン・アンド・グローグー』
- 『ミステリー・アリーナ』
- 『スマッシング・マシーン』
- 『君のクイズ』
- 『プラダを着た悪魔2』1
- シェイクスピア捏造あるいは“All Is Not True” 『ハムネット』5
- 『炎上』
- シェイクスピア捏造あるいは“All Is Not True” 『ハムネット』4
- シェイクスピア捏造あるいは“All Is Not True” 『ハムネット』3
- シェイクスピア捏造あるいは“All Is Not True” 『ハムネット』2
- 『ザ・ブライド』
- シェイクスピア捏造あるいは“All Is Not True” 『ハムネット』1
