2017年08月31日

『ボブという名の猫』

『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』--ホームレスで路上ミュージシャンの青年と猫との心温まる交流で、しかもイギリス映画ということもあって、軽い気持ちで見に行った。


現代のロンドンの雰囲気、そして場の空気感までもよく出ていて、そこは満足した。いかにも観光名所という場所も出てくるのだが、トラファルガー広場(これは観光名所)などがそうだが、それよりもコヴェントガーデン(ここも観光名所だが、よく舞台になるアーケードの中ではなく、外の広場が多い)が、首都というよりも、地方都市の繁華街的な雰囲気を出していて、そこも面白かった。Islington, Angel行きのバスが走っているのだが、イスリントンって、いったいどこの地名だと初めてロンドンでそのバスをみたとき思ったことがある(りっぱなロンドンの地名なのだが)。最後のサイン会の書店ウォーターストーンはピカデリーの店なのかどうか、わからなかったが、ピカデリーの店なら、そこには数回行ったことがある(ロンドンに住んだことがない田舎者なので、数回どまりなのだが)。


と、まあなんとなく懐かしく思いながらも、路上ミュージシャンでホームレスの青年が猫と出会い、パフォーマンスに猫を同行すると、猫のほうに人気が出で、それまで見向きもされなかった彼のパフォーマンスに人気がではじめる。そしてメディアにもとりあげられ、猫との出会いを中心とした自叙伝がベストセラーになるというのは、まあ、実話でなかったら、ただのおとぎ話である。実際、猫一匹を連れているだけで、そんなに人気がでるものか。実話だからこそ作れる話であって、虚構としては蓋然性がない。まさに子供向けのファンタジーである。観るもほうも、実話でなければ、白けるかもしれない。


ただ実話の部分と物語としての蓋然性がうまく合致するするところがある。それがおとぎ話に似つかわしくないリアルな細部である。主人公は薬物依存症である。依存症から抜けられない。そのため父親や家族、ガールフレンドからも見捨てられるか、見捨てられそうになる。しかも薬物依存を治療するのに、代用薬物のようなものを毎日摂取することで徐々に治療するとか(まあ、煙草をやめるために、いきなり禁煙するのではなく、代用たばこのようなものを吸い続けるということか)、それでも完全にドラッグと縁を切るときは、地獄の禁断症状が待っている。また街には麻薬の売人が消えない。ホームレスもなくなることはなく、依存症になると過剰摂取で死ぬ場合もある。ゴミ箱をあさるホームレス生活のつらさ。増え続ける貧困層の寄る辺なき生活。この映画は、都市の空気感だけでなく、ホームレス感覚の強烈さ、あるいは重さという点でも特筆に値する。ただ心温まるだけの、子供向けのおとぎ話ではない(もちろん、子供も絶対に見るべき映画だが)。


実話だからということで、はぐらかされてしまう疑問点はないわけではない。ガール・フレンドは猫アレルギーだったのだが、あれはどうなったのか。またイギリス人、そんなに猫が好きなのか。たしかに、これは、実話でなかったら、心温まる物語、あるいは主人公への共感を確保するための仕掛けが、まさにお約束どおりなのである。


つまり「猫を救う」。


このブログでもこれまで触れてきたのだが、猫を助ける主人公というのは、主人公へのシンパシーを確保する常套手段なのである(ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則――本当に売れる脚本術』(フィルムアート社2010)参照)。実話でなかったら、あまりにありきたりな展開として嫌われる。逆にフィクションでは、ここまでベタな展開ははずかしくて書けない。実話だから許された話であり、ほんとうにSaving the catという珍しさもある。ただ、それにしても、ここまでイギリス人は猫好きなのか? 逆に、犬を連れているのは、アンダークラスのクズ男という、やや差別的な印象操作も映画のなかにある(なお猫とロンドン市長との交流をあつかった伝説じみた物語があるが、それとも関係しているかもしれない)。。


また、あんなふうに家のなかに入り込んでくる猫は野良猫ではない。おそらくもとは飼い猫で、捨てられてホームレスになった。そのため窓が開いている家に入って来た。人間にも慣れている。生まれながらの野良猫ではない。元飼い猫であった可能性は高い。だから飼い猫がまぎれてきたからと、近所に、行方不明になった猫はいないかと尋ねる主人公の行為もおかしいといえばおかしい。飼い猫が、自分の家を間違えるはずはないからである。ただ、家から追い出されたか、家を見失ったかという可能性によって、主人公と猫の境遇が同じという主題を出したかったのかもしれないが。


ちなみに、これは誰にも言ったことがないし、これからも言うつもりはないのだが(ここで書いたら、それも無理か)、人生に一度だけ牝猫と同棲したことがある(これは文字通りのことであって、女性もくは男性のことを比喩的に語っているのではない)。たぶん、もと飼い猫であって、捨てられたのであろう。寝ていると布団のなかに入りこんできて、体が接触てしいないと安心して眠ることができないようだった。猫のハイタッチではないが、片方の前脚が、私の体のどこかに触れていないと眠れなかったようだ。だから野良猫ではない。実際、ひいき目かもしれないが、なかかの美形の猫だった。


映画の主人公と同じように、毎日、キャットフードの缶詰を買っていた。ある時キャットフードをきらしてしまい、夜猫に起こされた。いまだったら近所のコンビニに猫の餌を買いにいけるのだが、当時は、コンビニはなかった。しかし駅の近くの、何でも屋という店が深夜12時まで開いていたことを思い出し、わざわざ買いに出たことがある――映画『ロング・グッドバイ』の冒頭のエリオット・グールドだと思いながら。フィリップ・マーロー/エリオット・グールドと、私は、猫を助けるいい人でした。そして私の場合、その結末は……


……


……


主役のルーク・トレッダウェイについては、どこかで観た顔なのだが、思い出せなかったので、調べてみたら、『嘆きの王冠 ホロウ・クラウン リチャード三世』(日本公開2017)にリッチモンド役で出ていたかということだが、よく覚えていない。『アンブロークン』(2016)に出ていたかと何となく思い出してきた、そして『ナショナル・シアター・ライヴ 2016 「夜中に犬に起こった奇妙な事件」』の主役だったのか、ということで思い出した。マーク・ハッドン原作の同名の小説は、サヴァンの少年が語り手の面白い小説で、その演劇化は工夫をこらした面白い舞台だったが、原作の小説の面白さにはいま一歩及ばなかったことという印象を持った。


あとアメリカ文学への言及がある。この映画の原題を日本語に訳すと『ボブという名の野良猫』だが、これはテネシー・ウィリアムズの戯曲『欲望という名の電車』を踏まえている。どこがと言われそうだが英語ではASteet Cat Named Bob とAStreetcar Named Desireで、両者の類似はあきらか。それから主人公がネズミの穴をふさぐときの本があるのだが、それがスタインベックの『二十日鼠と人間』。日本語で書くとわからないが、原題はOf Mice and Manと韻を踏んでいる。アメリカ文学に、なにか思い入れがあるのだろうか。

posted by ohashi at 22:03| 映画 | 更新情報をチェックする

2017年08月30日

『関が原』

徹子の部屋に平岳大が出演していて、父、平幹二郎の思い出とか、自分が舞台にたつようになったいきさつなどを語り、興味深かった。ちなみに平幹二郎の最後の舞台はトラムシアターでの『クレシダ』で、私自身、その舞台を観たのだが、あの劇が最後の舞台だというのは、劇の内容も考慮すると、深い感慨にとらわれずにはいられない。実際、死にかかっているか、天国に行ってしまった俳優の物語でもあるのだから。

ただ平岳大が徹子の部屋に出演したのは、映画の宣伝でもあった。大作『関ケ原』の。なんの予備知識もなかった私は、平岳大が何の役なのか興味を持ったのだが、なんと島左近。英雄のいない関ヶ原の戦いのなかで、唯一、英雄といえる役どころ。これはうらやましい。


私は俳優経験もないので、あくまでも妄想だが、もし『関ケ原』という映画を撮るから何か役をやれといわれたら、英雄のいない戦いなので、誰もやりたくないので、頭をかかえてしまうしかない。


徳川家康は、司馬版では狸オヤジだろうから、いやだ。石田三成は、ストレスがたまると下痢をしてしまって戦線離脱をくりかえすというのは、かっこ悪すぎる。実際、いくさ上手ででもない。映画『のぼうの城』(2012)で描かれたように石田軍は野城ひとつを攻めあぐね、むしろ野村萬斎演ずるところの城主成田長親に翻弄されている(ちなみに『のぼうの城』では石田三成は上地雄輔、大谷吉継が山田孝之、そして長束正家が平岳大(この『関が原』では島左近)だった)。


あと毛利輝元はバカだし、島津は卑怯者だし、小早川秀秋は裏切り者だし、どいつもこいつもろくなもんじゃない。強いて言えば大谷吉嗣か。三成の盟友でもあり、戦場でも奮戦し、小早川の裏切りによって、あえなく敗退する悲運の武将である。ただ、持病があるというのは演技するときにはつらい。あとそうなると残っているのは島左近しかない。「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」という歌が残っているくらいで、三成ごときにはふさわしくない武将で経験も豊富で、またいくさ上手だった。そういえば前回紹介した、昔TBSが創ったテレビ・ドラマで島左近を演じたのは三船敏郎だった。まあ、そういうかっこいい役どころなのである。


と、前置きが長くなったが、映画そのものは、予想通りの面も多いが、予想を裏切る面もあて、映画が依拠する歴史観には全面的に反対なのだが、十分に楽しむことができた。石田三成もただ義を、観念的に求める理想主義者あるいは理論家肌の人間というのではなく、現実を見据え、政治の表と裏を充分に把握している、むしろ卓越した現実主義者でもあるのだが、しかし現実主義の中に埋没するのではなくあえて挙兵したという理想と行動の人でもあるという演出だった。そしてそこにリアル感を濃厚に漂わせる結果になった。三成は戦場において下痢で引っ込んでしまうということはなく、行動の人としても描かれ、陣頭指揮のみならず先頭に立って敵軍と渡り合う場面すら登場する。


リアル感というのは、映画的には限りなくドキュメンタリー感を出すというかたちになる。CGやドローン撮影など昔に比べれば、はるかに簡単にできるようになったのだが、これをしないように(VFXを多用した『のぼうの城』とは違うということだろう)。なるほど上から直下を見下ろすようなカットもあるのだが、大規模合戦を撮影するとき昔の映画のように真上から大軍の衝突を示すということはしない。平原を将棋の碁盤にみたてて、そこに両軍が入り乱れ、また激突することを、真上から、あるいは俯瞰するシーンというのは存在しない。


カメラは、ほとんど、地上を動く人間の目線を維持していて、戦場の全体像あるいは俯瞰像は開示されることなく、カメラはどこまでも兵士たちといっしょに移動する。完全なドキュメンタリーではもちろんないが、ドキュメンタリー的なものとしえ映画を構築しようとしたことはまちがいないだろう。


合戦の前日からはじまり、フラッシュバックを交ええ合戦までの経緯を解き明かす。少年時代の司馬遼太郎も登場させるのは意表を突くが、それ以外はある意味安定した語り口である。そのため映像のリアル感によって全体のリアル感を出そうとしているように思われる。画面はけっこう暗い。夜の場面でなくても、細部がわからないところは多い。自然光で撮っているように思われるところもある。また台詞も、聞きづらいところはある。音声を拾いきれてないように思われるのだが、そこは放置しているように思われる。すみずみまで一言一句聞こえるのではなく、よくわからない聞こえ方がリアルを増すというように思われる。


もちろんその極致は島津勢の台詞で、音声は聞き取れても、内容はまったくわからない。字幕でも出してもらわらないと、なにを言っているのか全然わからない。すべての台詞が当時の言葉や方言を再現しているわけではないが、方言などを生々しく出すことで、臨場感、リアル感を出すしかけになっている(あの汚い尾張弁/名古屋弁も、聞きづらいと思う観客は多いだろう)。


また字幕情報を最小限に抑えてある。福島正則、黒田長政、小早川秀秋が、家康や三成、島左近が誰かはわかるのだが、それ以外は、なんの説明もない。名前がわからない人物(足軽などの名もなき脇役ではない人物)が圧倒的に多い。これは、まさに戦場に投げ出され、誰が誰だか、またどこがどこだかわからないまま、右往左往する、そんな感覚を観客に「体感」させることを狙っているのではないだろうか。映画館で体感せよというのは、スペクタクルの迫力を見よというのではなく、むしろ、右往左往感覚を体感することだったのかとわかる。まあコピーを作る側は、何も考えずに前者の意味を想定していたのだろうが。で、そうなると、これは観客が難民化するということでもある。現代の世界において、一市民が、戦争からどのような行為をもたらさせるかというと、雄々しく戦うことでもなければ玉砕することでも捕虜になって拷問されることでもなく(ネトウヨなら拷問することしか考えないだろうが)、ただ、わけのわからぬまま逃げまどうことではないだろうか。現代において戦争と人間とをつなぐのは難民化現象であろう。


有村架純ほか伊賀忍者が活躍する。中嶋しゅう氏も、けっこう重要な役で出演していた(冥福を祈るばかりである)。ただ、こうした架空の人物を登場させることは、もちろん史実に登場する人物を通してだけでは描ききれない歴史の真実を、虚構人物を通して描くという由緒正しい技法なので、いいのだが、ただ、こうしたやり方は、昔ながらの時代小説の常套手段として、なにか古臭さを感ずる。もちろん、こういう設定をやめれば、時代小説や、NHKの大河ドラマなどは成立しなくなるのだが、しかし、その機能や意義がなんであれ、大衆エンターテインメント小説の指標であることはまちがない。そういう原作・小説に、歴史を勝手に解釈してもらいたくない。とはいえこれは私が司馬遼太郎の小説を嫌いだという個人的な嗜好にすぎず、意味のない繰り言かもしれないのだが。


posted by ohashi at 15:31| 映画 | 更新情報をチェックする

2017年08月29日

関ケ原

実は、とくに見る予定はなかったのだが、事情があって映画『関ケ原』を見ることに。関ヶ原の戦いについては、今回の映画とは関係なく、いろいろ思い入れが強い。というか思い入れがない。


かつてTBSが大型テレビ・ドラマとして『関ケ原』を制作したことがある。加藤剛の石田三成、森繁久彌の徳川家康をはじめとしてオールスター総出演のドラマだった。それにあわせて予習か復習かどちらか忘れたのだけれども、司馬遼太郎の『関ケ原』を新潮文庫で読んだ記憶がある。ただ、その頃は司馬遼太郎の小説をとおして、史実を知ろうという目的が強くえ、今回の映画で再現してある少年時代の作者の思い出から語られるということを完全に忘れていた。時代小説を歴史的事実への窓として読んだのであり、語りの様式など、すっかり記憶から消えていた。


司馬版『関ケ原』を読んで、愕然としたことは、この天下分け目の大決戦については、英雄はいないということだった。西軍と東軍が激突していない。両軍のごく一部が戦ったにすぎない。家康の調略によって戦う前から勝敗は決まっていた。まさに大軍が正面から激突するという戦国時代の戦いは、もうすでに過去のものとなっていた。新しい時代の、物語性も、英雄も存在しない駆け引きだけの無味乾燥な戦い。ただ強いて言えば「義の人」としての石田三成像が司馬版にはあったし、TBSのドラマはそれを強調した。それまでは冷酷な官僚として描かれていた石田三成が、悲運の英雄として家康を凌ぐ偉大さを獲得する。これがある意味、不満でもあった。


私は名古屋市の出身だから、尾張の三英傑として信長、秀吉、家康には、興味があった。この三人は、最後に家康がすべてを狡猾にもっていったというイメージがあるかもしれないが、名古屋の人間としては、天下統一をし、新しい時代をつくったのは、この三人の偉業であって、秀吉が信長らの遺志を、そして秀吉の遺志を家康が引き継いだというイメージがあって、三人は同じ運命の流れに乗っていた、まさに三英傑であり、そこに石田三成ごときが入りこむ余地はない。近江出身の石田三成は好きではない。やはり家康は偉い。焼け落ちたととはいえ、再建された名古屋城のオリジナルを造ったのは家康だし、名古屋城は大阪城に対抗していて、大阪城よりも大きいのである。徳川時代に尾張は徳川御三家のひとつだったし。


また私の子供の頃、山岡荘八の小説『徳川家康』の影響も大きかったし、NET(現・テレビ朝日)系列のテレビ・ドラマ『徳川家康』(1964年)主演:北大路欣也、壮年期は市川右太衛門も、人気があった。北大路欣也の熱演も人気に貢献した――父親の市川歌右衛門に家康役が引き継がれた時は、魅力が半減したような気がした。小説で、テレビドラマで描かれる家康は、権謀術策の狸オヤジではなく、とにかく苦労人で艱難辛苦を舐め、とにかく誠実な人柄で数多くの悲運に恵まれながら、泰平の世をつくりあげた偉人であった。信長も秀吉も限界か、欠陥があったモンスターであった。家康こそが人間味を失うことのない義の人だった。


それが家康像の凋落がいつ頃のことかわからないが、始まった。たぶん司馬遼太郎もその戦犯の一人だろうと思うのだが、私の子供の頃は、信長も秀吉も、あんな汚い名古屋弁をドラマで話していなかった。家康は三河だから名古屋弁とは違うかもしれないが、それをいうなら石田三成は近江の言葉あるいは関西弁をなぜ使わないのかということにもる。


加藤清正、福島正則、黒田長政など、秀吉の家臣ながら、関ケ原では家康側についた武将たちは、ただの乱暴者(福島正則などはとくに)というイメージも強いのだが、実像は異なるだろう。


と、まあ、司馬遼太郎の『関ケ原』で定着したようなイメージは変革しないと、すべて石田三成という脇役が、とんでもなく偉大な英雄に変貌をとげ、本来、英雄的であった人物たちが次々の矮小化されてしまう。


BS-TBSで最近放送された『諸説あり』では、関ケ原の戦いの見直しがすすんでいて、当時の一次資料を読み解くと、主戦場は関ケ原ではなく山中(「さんちゅう」ではなく、地名)で、戦闘も2時間余りで終わり、当時は宇喜田秀家が家康と戦って負けたといわれた。小早川秀秋の裏切りはなかった。最初から東軍だった。また首謀者は石田三成ですらなかったという。石田三成は大谷吉継を説得して仲間に引き入れたとされるが、むしろ大谷吉継のほうが石田三成を説得したのではないか。そもそも石田三成と家康は昵懇の仲だった(番組では触れられていなかったが、実際、三成は、福島正則ら武将に襲われたとき、家康の屋敷に逃げ込んでいるのだが、この行動は、敵の裏をかく大胆不敵な行動と思われているものの、単に家康に助けを求めたにすぎなかったのでは)。首謀者は結局、誰だか、わからない。反家康で結束する勢力があり、そこに石田三成も巻き込まれたという説もあるようだ。


もう、こうなると物語のへったくれもない。ただただ面白みのない、英雄たちが消えた、無味乾燥な事実の展開ということになってしまう。まあ、これがリアルなのかもしれないが……。


しかし、物語は死んだ、物語れ。


石田三成が、大谷吉嗣に説得されて、反家康勢力の最終的に中心人物とみなされるようになるというは、ジュリアス・シーザーとブルータスの物語ではないか。シーザー暗殺の首謀者と目されるブルータスは、シーザーの息子でもあったか、息子同然の扱いを受けたといわれ、だからこそ、「ブルータス、おまえもか」というシーザーの言葉は、自分の息子に裏切られた父親の驚愕の声なのである。同じく石田三成も家康とは父と息子くらいの関係であったかもしれないが(秀吉と三成の関係とは異なり)、盟友の大谷らに家康打倒のための勢力の中心人物に祭り上げられるという悲劇。だか、これだと石田三成をもうひとりの英雄にする物語で、面白くないのだが。


ちなみに信長の旗印は「永楽通宝」だった。また三成の旗印「大一大万大吉」というのは、 「万民が一人のため、一人が万民のために尽くせば太平の世が訪れる」というような意味だと言われているが(今回の映画でも)、しかし、それをその意味で解釈するのは、後世であって、当時の意味がどうであったのか、わからないという。


信長の「永楽通宝」も、経済を重視したからという説もあるそうだが、はっきりしたことはわからない。信長の旗印も、三成の旗印も、まあ縁起をかついで、お宝の象徴である貨幣、めでたい言葉「大・一・万・吉」を列挙したものだろう。映画のなかでは「利」と「義」が二項対立となっていて、世の中「利」に走っているが、自分は「義」を重んずるということを三成がいう。しかし、「大一大万大吉」という旗印は、「義」というよりも「利」ではないか。それを後世に勝手にこじつけめいた解釈を行なった。家康の旗印は有名な「厭離穢土欣求浄土」である。宗教思想と連携したユートピア運動のスローガンである。私が兵士だったら、「大一大万大吉」などという思想も理念もへったくれもない旗印の下ではなく、「厭離穢土欣求浄土」という旗印のもとで命をなげうちたいと思うだろう。まあ、そんな度胸もないが、超越性、脱俗性、理想性は心を打つ。三成ではなく家康こそ「義」の武将である。つづく


posted by ohashi at 18:49| コメント | 更新情報をチェックする