2017年09月10日

『ダンケルク』

ジョージ。オーウェルがどこかで書いていたと思うのだが、イギリス人がいかに変わり者かは、ダンケルクの戦いのような負け戦でも、まるで戦勝記念日のように祝っていることからもわかると。実際、この映画でも故郷に帰還した兵士たちが、住民から唾を吐きかけられるのではないかとおびえていると、まるで凱旋したかのような大歓迎を受けて驚くところがある。過酷な状況から命からがら逃げかえった兵士たちをねぎらうというのなら、わかる。まあ最近の右傾化した日本でなら絶対にありえないことだろうが。しかし、そうではなく、あくまでも大歓迎なのだ。


実際、このダンケルクから撤退には、なにか解せないところがある。敗北を勝利へと変えるチャーチルの糞レトリック。民間から救助のための漁船などが多数海峡を渡ったというのは美談かもしれない(実際、この民間人の努力は顕彰ものである)が、しかし、裏を返せば軍が本格的な援助をしないという異常事態にもなっている。本土決戦という名目のために軍事力を出し渋っている。日本の場合も戦争末期では本土決戦という名目のため最新兵器を精鋭部隊を温存し、クズ連中を特攻に追いやっていた(『海辺の生と死』をみてもわかるように、たとえば大学生でも理系学生は温存され、文系学生はクズ扱いになり学徒動員によて特攻まで課せられたのだ)。軍のこうした謀略と欺瞞性は告発されていないようだ。また実際のところダンケルクを占領したドイツ軍は、ヨーロッパでの終戦記念日たる4558日以降も抵抗し、終戦後に、降伏したのである(つまり戦時中は陥落していなかっただ)。


ダンケルクの戦いには、なにかが腐っている。真実が侵食され、何かに乗っ取られている。多くの犠牲者を出し、また多くの救出者も出した歴史的大事件のリアルが、どこか奪われているのである。


監督が影響を受けていなかったと思うのだが、かつて大スペクタクル映画『史上最大の作戦』(日本語タイトル)のあと造られた戦争映画のひとつに『バルジの戦い』という映画がある。負けいくさを映画化したものとしては『遠すぎた橋』(バルジ戦の前のマーケット・ガーデン作戦を描く)があるが、この3作のなかで、『バルジ大作戦』(ケン・アナキン監督、同監督は『史上最大の…』でも共同監督の一人だった)だけが負けそうになって最後に勝つという点で『ダンケルク』に近いところもあるのだが、とにかくこの映画、興業成績とは関係なく大作映画というよりもB級映画感が否めなかった。原因は、その演出にあった。それは映画そのものが最後に字幕でことわっているのだが、この大規模な広範囲にわたる戦闘を描く際に、特定の人物に多くの人物の実際の行動を集約して描いたのである。そのため、本来なら大規模な群像劇となるところ、こじんまりとした映画に終わってしまった。


特定の個人や小集団に焦点を合わせる場合、周辺的地位に追いやられた彼らを通して大規模で全体像が見えない戦いの臨場感を出すというのならわかるが、特定の個人なり集団が常に戦闘の中心にいることになったため大戦闘というよりも小戦闘になって、規模としてはノルマンディー上陸作戦よりはるかに大きな規模の戦いが、ノルマンディー作戦よりも小規模なものとなった。


バルジ作戦というのは、第二次世界大戦末期194412月から451月にかけて、ドイツ軍が多数の戦車を擁する軍団でもって、フランス、ベルギーに進駐してきた連合軍を蹴散らし、「第二のダンケルク」(!)にしようと試みた作戦。「バルジ」というのは膨らみとか突出という英語で、バルジ作戦は、戦線から大きく突出するドイツ軍という意味で連合軍側がつけた名前。


当時、テレビで観た予告編では、多数の戦車がこれでもかというくらいに登場し戦場を動きまわる迫力のある映画と思われたが、映画そのものは、その予告編を超えるものではなかった。たとえばドイツ軍の欺瞞作戦によって蹴散らされた一台の戦車が、戦車兵の努力で戦車を修復し、一台で敵に立ち向かい、最後にはドイツ軍の補給所を急襲して占拠、補給にくるドイツ軍を次々と撃破するというのは、画面は派手だけれども、ただ一台の戦車で、ドイツ全軍を撃破・降伏させるような安物感が否めないのである。


個人や小集団を大規模な戦闘とからませるとき二つの方法が考えられる。メトニミー的方法とメタファー的方法。この個人や小集団が、大きな、全体像が見えない戦場を右往左往するとき、そこにドキュメンタリー的な臨場感が生まれる。司令官とか指揮官に焦点を当てる方法は、全体像はつかみやすいが、指導者からの上から目線だけでは、事件のリアルはつかみきれない。


それにくらべ一部、それも全体を象徴しない一部の目線が、リアル感を醸成する。また逆に『バルジ大作戦』のように、少数の個人に全体行動を集約・象徴化させても、観る側は、それを全体のメタファーとみるのではなく、メトニミーとしてみるから、皮肉なことに、メタファー的集約が機能せず、小規模な戦いになってしまう。


ノーラン監督の『ダンケルク』は、少数に全体を代表させるという方法をとりながら、そこに全体的な視点を付与することのない、メト二ミカルな右往左往性を付与したために、小規模性は、完全には払拭できないとしても、みんなが右往左往しているという、もはや終わりなき苦難と化した茫漠性が生まれることになった。


砂浜も、海も、空も、そこに人間を包み込む安らぎを与えることのなない、広すぎる、大きすぎるというイメージ。そこに実物主義にこだわる監督の、大掛かりな撮影方法が、さらにスケールの大きさを維持するように働くということができる。


だが、少人数に、あるいは一部に全体を集約させるというメタファー的操作は、今回、正直言って驚愕するほどの大胆な構成をとって出現することになった。その衝撃の大きさは、最初は、へんな違和感として生まれ、最後には、驚きをともった感得されることになったのだが、つまり、時間的にもこのメタファー操作が行われたのである。


おそらくこのことを強調しすぎると、敷居の高い映画と思われ、下手をすると客足が減るかもしれないと映画会社が考えたかどうかわからないが、とにかくこの点は驚いた。つまり最初に海岸というか埠頭に集まってイギリス本土への移送を待つ兵士たちの群れがいる。このとき埠頭だったか海岸だったかわすれたが、その字幕と、すぐ下に一週間(one week)とでる。これがなんだかよくわからない。つまり一週間前の出来事かと思うと、そうではなく、海岸の物語は一週間ということだとわかる。


つぎにイギリス本土から民間人が漁船を出して助けていくとき、父親と息子二人の家族の物語が語られる。これがたしか一日とでる。


またさらにスピットファイアー(スピットファイアーはすごくスマートな戦闘機なのだけれども、この映画に出てくる機体は、場面によって太っているようにみえるところがある。まあ、どうでもいいことかもしれないが)三機がドイツ機と渡り合うとき1時間とでる。その燃料で飛べる時間の限界なのだろう。問題は、この映画、陸と海と空の三つの視点から戦いが語られるという謳い文句だったが、1週間と1日と1時間が、106分の時間のなかで、均等に積層化されるのである。


戦闘機は映画の最初から最後まで飛んでいる。海の場面で民間の船が助ける英国軍士官は、ダンケルクから英国本土に一度は到着したはずではなかったか。キリアン・マーフィー扮する士官は、『ハイドリヒを撃て』の落下傘兵とは比べものにならない臆病者(悪く言いすぎればだが、彼の役どころは戦争後遺症から抜け出せない病人)になっているのだが、その存在も不思議で、陸の物語から、どこで海の物語に入り込んだのか、よくわからない。


それはともかく、はっきり言えることは1時間の物語が1日の物語と共存し、さらにはそれは1週間の物語とも共存する。もし陸地の物語を基準にすれば、燃料に限りのあるはずのスピットファイアーは1週間飛び続けていることになる。少人数で全体を表象する場合は空間的・物理的集約だった。しかしここでは時間的集約が、1時間は1日に、1日は1週間にという集約のされ方になっている……。


ああ、と思う。これは『インセプション』の世界だ、と。


1秒が1時間になるような、そして1時間が10年にもなるような世界。ノーランは、『バットマン』シリーズの監督ではなく、『メメント』の監督であり、時間軸を混乱させたり、時間そのものを変形させたり圧縮あるいは拡張させたりする、時間の魔術師、時間の塑像師だった。


このことに気づいたのが106分の映画の終わりの方だった。そんなふうに見なかった。そして『インセプション』を思い浮かべるべきだったと後悔したのは、映画館を出てからだった。これから観る人は、どうか、この時間の魔術をしっかり見据えてほしい。私のようにぼんやりではなく。


もちろん問題は、なぜそういうことをするのか。『インセプション』も『インターステラー』も、それを説明するSF的枠組があった。だが、そのSF的枠組を取り払った時、つまり本来もつべき違和感とか疑問をなしくずしにしてしまうSF的設定がなくなり、史実に基づく歴史再現映画でもあるこの映画で、なぜ、そのようなことをするのか、その効果はなにかが、むき出しの疑問、逃げ場のない直面するしかない疑問として立ちはだかるのである。


それはなぜか。リアルに、実物主義にこだわる映画監督(映画会社側の売り言葉)が、このような構成の映画をとることによって、映画は「実験的映画」になるといえば、これも逃げ口上だろう。


たとえば最初から最後まで飛んでいるスピットファイアーの姿は、現実の戦闘機のリアルな映像というよりも、なにかこの世のものではない、怪物的、あるいは幽霊的な存在感と浮遊感を漂わせている。実際、この飛行機とその飛翔空間の空気感の見事さに匹敵するのは宮崎アニメしかないだろう。宮崎アニメのヒコーキ物の代表作でもある『紅の豚』を思い出した。空にある戦闘機の墓場という幻想空間。この『ダンケルク』にも、そんな空間があるような気もした。


この戦闘機に限らない、実物主義、現物のリアル感にこだわる監督の作り出す映像が、どこかこの世のものではない幽霊空間にみえてくる。夢の世界、悪夢の世界なのか。それが現在から過去をみるときの視覚効果なのか。リアルなドキュメンタリーがこの世のものではない、不気味な、そして魅惑的な、悪夢的な、天上的な、映像と共存している。そしてその先には、すでに述べたような史実のダンケルクの撤収作戦にみられる、欺瞞性、虚構性、あるいは神の摂理、そうした超越性があるのか……。いまは、ここまでにしたい。(いつか必ず続く)

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2017年09月09日

『海辺の生と死』


映画そのものと関係がないのだが、こんな記事があった。


本末転倒? 日本の女優が映画で「脱げない」理由  T-SITE NEWS エンタメ

●『ヘルタースケルター』のような映画はまれ?

『作品のためなら脱ぐのは平気です』

これはある女優がテレビのインタビューで答えた言葉だ。だが、日本の人気女優が映画の中で脱ぐことは…ほぼない。

なぜなのか? 実はコレ、日本の女優たちの稼ぎどころに関係している。

●とびぬけて高い出演料は…

彼女たちは「ドラマ」「映画」「舞台」「CM」「バラエティー番組」などに出演することでギャランティを得ている。

出演料と拘束時間は以下のようだと言われている。(主演クラスで出た場合)【略】


出演料や拘束時間を考慮すると、「CM」が一番お得な仕事だと分かる。しかし、なぜCMはこれほどまでに高い出演料が受け取れるのだろうか?

 CMに出る場合、契約期間中(ほとんどが3ヵ月以上の長期)、クライアントから様々な条件が設けられるのは周知の事実だ。

例えば、化粧品会社と契約した女優は、美のイメージを保つため専属トレーナーを雇ったりエステに通ったりするなど外見のメンテナンスを保つための多額の費用が必要となる。そういったケアの費用を含めた契約金となるため、多額の出演料が出るのだ。

つまり出演者が商品や企業のイメージを背負うことを義務付けられるため、高い出演料を受けられるのだ。特に化粧品や生活用品のCM契約を結んだ場合、クリーンなイメージが求められることが多く、そのイメージを保つため、本業である役者業に制限が設けられることも。

CMのクライアントからヌードシーンの削除要請

ある映画関係者は「演技派で知られるある女優は映画で脱いだのだが、契約中の医薬品CMクライアントが『商品イメージにそぐわない』というクレームが入り、撮影したシーンがお蔵入りしてしまいました」と明かしてくれた。またある有名監督は「出演しているCMのことを気にして、このシーンはNGと言われることもある」と証言。

CMにより本業である女優業に制限が設けられることは奇妙なことだ。

一方、アメリカやヨーロッパ、オーストラリアの女優たちは脱ぐことを厭わない人が多い。これらの国ではCMの出演料は日本ほど高くなく、特にアメリカではCMに出る役者は地位が低いと捉えられるため、有名女優ほど出たがらない(出演料の高いCMや話題性の高いCMにあえて出る場合もある)。また作品出演料が高いため、わざわざCMに出演する必要もない。

別に「脱ぐ=女優魂の証」ではないが、どんなシーンにも対応できることはプロの女優として大切なことだ。

なによりもCMのために脚本にあるシーンを削除することは、作品にとってはマイナス。前述の監督は「(映画やドラマの)ギャラよりCMの方が高いので仕方ないと思う部分もある」と語っており、女優たちが演技に集中するためにも映画やドラマの出演料アップは業界全体の課題だ。(文:さしすせそ)

女優たちがちゃんと脱いでいる邦画5

『ヘルタースケルター』(2012年)  沢尻エリカ

『ベロニカは死ぬことにした』(2005年) 真木よう子

『海を感じる時』(2014年)  市川由衣 

『蛇にピアス』(2008年) 吉高由里子

『幻の光』(1995年)  江角マキコ


とはいえ、ここに掲げてある映画作品は、沢尻と市川を除けば、知名度がまだない頃の女優活動での映画出演でしょう。ただ、この記事がなんとなく不愉快なのは、今現在、有名女優で映画のなかで脱いでいる女性がいるからである。満島ひかりである。


セックスシーンではないが、全裸になっている。ヘアこそみえないが、あのままだったらヘアをみせても違和感はなかった。この記事を書いた**は、当然、その映画を観ていないだろう。ちなみに『海辺の生と死』は、東京でも単館上演みたいなものなのでみんなが知っている映画ではない。ただ、こういう芸能記事を書く者は、映画評論家とか演劇評論家とは異なり、映画や芝居だけは観ていない。映画や芝居を観てないのに、芸能ゴシップみたいなものだけは喜んで書く。ダイアナ妃没後お20周年ということでパパラッチのことがあらためて批判されてもいたが、私は、こういう記事を書いて金をもらっている連中はパパラッチ以下だと思う――少なくともパパラッチは体を張っているからだ。


次は、先のクズ記事とは全く異なる、格調高い文章で、ネット上からとったもの。

「海辺の愛と死~ミホとトシオの物語~」と題された記。author: みたけ きみこ(更新日:2015910日)。その冒頭である。


1945(昭和20)年8月13日、26歳のミホは、奄美・加計呂麻島の闇夜の浜辺をトシオに会うために特攻基地へと向かっていました。この島に基地をもつ海上特攻・震洋隊の隊長であるトシオ(28歳)が、その夜、出撃予定であると教えてくれる人があり、「とにかくひとめあわせてください」「隊長様、死なないでください」と祈りながら、ミホは走りました。井戸で身を清め、真新しい白の肌衣と襦袢(じゅばん)、白足袋、白羽二重の下着、母の形見の喪服をまとい、トシオから贈られた短剣を手に握り締めながら。ガジュマルの地根に足をとられ、闇夜の磯浜は一寸先も見えず、牡蠣(かき)貝、やわらかい砂浜、野いばらの茂みを感覚で探りつつ、ときには海に落ち、泳ぎ、妖怪ケンムンを恐れながらも、ティファ崎の岬、ウシロティファ崎を通り越し、タンハマの鼻を廻ったところで、ようやく基地に辿り着きます。ミホ来訪の知らせを受けたトシオは、「演習をしているんだからね、心配することはないんだよ」と優しくミホを諭し、口づけして、慌しく任務に戻ります。


この8月13日のことを、戦後30年たってから、ミホは「その夜」という作品に詳しく書きました。この作品のなかで、ミホは震洋艇の出撃を見届けてから、「海へ突き出ている岩の一番端に立って足首をしっかり結び、短剣で喉を突いて海中に身を投げる覚悟を決めていたのです」と告げています。しかし、トシオは特攻出撃することなく、ミホも自決することなく、その二日後に終戦を迎えます。

【この文章に文句をつければ、トシオとミホと名前をカタカナにして、メルヘンのような世界を出現させているが、また島尾ミホは、夫のことをトシオと書いているようだが、「島尾ミホ」は、昔なつかしい、そして現代では稀になったカタカナの名前なので、そこを大事にしてほしいと思う。実は私の死んだ母もカタカナの名前だった。本人は、カタカナの名前を嫌がって、若い頃は、ひらがな漢字まじりの表記をしていたのだが、最終的にはカタカナの名前をつらぬいた。またそのため書類とか宛名で誤記されることが多かった。カタカナ名には地域差はあるのかもしれないが、階級差はない。いまでもカタカナの名前を女性がいると、なにかとてもなつかしい感じがする。そのため敏夫とミホにして欲しい。勝手にかえるな。】


映画は、まさにこの813日の出来事をクライマックスにもってくる。このとき海辺での、これを最後という逢瀬での満島ひかりの渾身の演技に圧倒されるといいたいのだが、やや遠くに置かれた固定カメラで、夜の海と波をバックに二人のやりとりをじっくりみせるのだが、舞台を観ているような、というか実際に、波の打ち寄せる砂浜という舞台での演技を観ているわけで、そこにはやや距離感がある。つまり劇場で観客として舞台をみる場合、映画のような顔のアップはないわけで、どうしても、熱狂のなかに冷静さが、共感のなかにも醒めた眼差しが、憐憫のなかに恐怖がまざりこむ。満島の発狂寸前という追い詰められた心理の女性の演技を、カメラそのものがやや突き放している。


また実際そうなのだ。やがて夫婦となる島尾敏夫とミホのふたりは、とりわけミホのほうは、死を覚悟したかもしれないのだが、終戦間際で、玉音放送があることを住民も知っていて、またトシオのほうも、ほんとうに演習であって、まちがっても、沖合に出て特攻することなど、この段階では夢にも考えていなかっただろう。たぶん機材の関係からしても、そもそも特攻は不可能になっていた。ふりかえればミホのひとりよがりでもあったが、ここで死を覚悟した時に、この楽園のような離島に忍びよる死の影の大きさに思いを新たにするとともに、そこに戦争を始めた側への痛切な批判性が認めることが重要なのだろう。また強いて言えば、たとえ戦争行為に従事していなくとも、戦争が国民全体に強いるストレスを感じ取るべきだろうか。


映画は、この島に落ち着いた平和な日常が回帰したことを、静かに言祝ぐようなかたちで終わる。おそらくそこにこの映画のもつ批判性があるのだろう。その後の敏夫とミホの関係を念頭に置くと、狂気とか死のイメージがついてまわり、そのバイアスによって二人の関係をみてしまい、戦時下においても、二人が戦争を忌避し、死に抵抗することを重視せず、むしろ死へ吸引されてしまうような、タナトスの欲望をみてしまうのだが、それこそが大日本帝国の、ここでは海軍だが、思うつぼでもあって、多くの犠牲者を出した悲惨な戦争を無批判に受け入れてしまうような愚行に染まることでもある。


戦争とは関係ないかもしれないがソクーロフのドキュメンタリ『ドルチェ-優しく』(2000)が示すところの、結局は戦争と通底してしまうような、陰鬱な水墨画のような島の情景に対しても、この映画は抵抗する。あるいは死への傾斜から身を引き離す身振りを最初からしめすのである(ソクーロフのドキュメンタリは島での島尾夫妻を扱う異色のドキュメンタリー。夫妻と子どもたちが登場する)。


それは冒頭、小学校の教員である満島ひかりと、彼女を慕う小学児童たちが、山道も歩いてくる様子を正面からとらえるときの、ディープフォーカス(とはいわないかもしれないが)の、つまり画面のすみずみまで焦点があっていて、木々の葉一枚一枚まで数えられるような映像からもうかがうことができる。舞台となる、奄美群島の加計呂麻島(かけろまじま)の自然は、ソクーロフの映画とはちがって(とはいえ実際には曇り空も多いらしいのだが)、まさにこのように南国の自然であるにちがいないだろうし、そこで暮らす人びとは、まさに自然を背景とするのではなく自然に溶け込んでいる、あるいは自然と一体化している。そしてこのような楽園に、戦争がやってくるのである。戦争が島民にとっては異物であり、例外状態であって、通り過ぎるのを耐え忍ぶしかないのだが、同時に、戦争によってもたらされた死の影は、島民の牧歌的生活を侵食するようになる。


また映画の物語そのものも、満島ひかり、永山絢斗、津嘉山正種などを除けば、明らかに素人というか島民の人に演技をさせている。ただ、聞いていて下手な台詞としか思えない場合でも、方言なので(実際、字幕が多い)、むしろそれが自然に聞こえてしまう。また自然との一体化は、土俗的信仰のなかでの死者の世界との連続性というか一体化とも通底している。墓場から彷徨いでた死霊を追い返すような呪文をとなえるようなシャーマン的存在の老人もいる。ジャンル的にいえば、この映画、それこそ昨年暮れに東京で特集上映されていたタイのアピチャッポン監督の映画のなかでも、土俗性の強い映画作品に通ずるものがある。そして繰り返すが、このような映画であってみれば、そこでの生への穏やかな執着が、また死霊の跳梁を呪術的に抑制してきた共同体の平和が、それを妨害する偶発事故のような戦争との関係で、よけいに際立つのである。


戦後のふたりの運命から遡及的に考えれば、たしかにそこに狂気と死への傾斜はある。最後の逢瀬と思われた者から帰宅する満島のなかに、洞窟で島民とともに自決する父親の映像がよぎる。それは、下世話な言葉でいえば、取り越し苦労に過ぎなったのだが、同時に、それは沖縄での悲劇が、この島にも訪れていたかもしれない恐怖でもあった。そして特攻艇の脇にたたずむ隊長(永山絢斗)のところにかすかに聞こえてくる玉音放送にって暗示される終戦、それによってもたらさせるもとどおりの、いや、未来がまた萌し始めた生活。それもまだみぬ未来、そこに悲劇が横たわっていることなど知る由もない、あるいは知らん顔をするこの映画の観客は、ここであらためて知るのである。ふたりの愛が、ある意味、狂気と死への抵抗であったことを。この抵抗は島の共同体の抵抗でもあったこを。そしてこの映画の抵抗でもあったことを。


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2017年09月06日

『ザ・ウォール』

後味の悪い映画というジャンル(?)についてネット上で調べてみらたら『ミスト』というのが、たいていベスト10に入っていて、ちょっと驚いている。あれは、そんなに後味が悪いのか。もしそうなら、バッドエンディングの映画は全部、後味の悪い映画ということになるのだが、どうなのだろう。まあ、これで助かったと思ったら、実は助かっていなかったという結末は、よくあるし、それはジャンルとして確立している。そういう映画を嫌うというのはかまわないが、嫌いな映画=後味悪い鬱映画というのとは違うと思うのだが。また、もしこういうことを認めてしまうと、『ロミオとジュリエット』など、後味悪い演劇に分類されかねない。実際のところ、喜劇的なハッピーエンディングを予想させる結末にもかかわらず悲劇で終わるだから。


で、この『ザ・ウォール』、後味悪い映画かもしれない。助かったと思ったら、助からなかったというパタンなのだから。しかし、途中から、どうもそうなりそうだという予感させるのは、あまり好ましくない。


イラクの砂漠の廃墟。崩れかかった小学校の校舎の壁が舞台装置。この地で敵を待ち伏せていた米国の狙撃兵のペアが、待ちくたびれて姿をあらわすと、姿なき狙撃兵から銃撃を受ける。一人は重傷で倒れて動かない。もう一人は負傷しながらも壁の後ろ隠れる。しかもイラクの狙撃兵は無線で話しかけてくる。となると、ここから二人芝居、正確にいえば、敵は姿見せないので独り芝居となる。私の好きな演劇的設定の映画となる。しかも砂漠で、見えない敵と対峙するというのは、不条理感マックス。まるで不条理演劇を眺めてみるような興奮を味わうことになる。


しかも、ひりひりするような緊張感のなかで見えない敵との対話がすすむかと思うと、一刻も目を離せない、一瞬たりとも聞き漏らしてはいけないとわかっていても、眠気に誘われてしまうのは、いったいどうしてか。


それはアーロン・テイラー=ジョンソン扮する三等軍曹は、ジョン・セナ扮する二等軍曹が負傷したあと、一人で敵と対峙するのだが、狙撃兵としての腕前や、頭の良さ、狡猾さという点に関して、どうみても敵のほうが上であって、勝ち目はないように思われるからだ。


基本的に不条理演劇的であると同時に、戦争物としては王道の敵中突破物でもある。圧倒的に優位にある敵の手からいかにして逃れるか。アーロン・テイラー=ジョンソンは、この映画のなかでは、どうみてもあんまり頭がよさそうではなく、すでに負傷していて、動きも鈍いし、頭の血のめぐりも悪くなっている。彼が無い知恵を絞って、最後に敵の裏をかいて窮地を脱することを期待したいが、その望みは薄いのだ。だから敵との無線でのやりとりも、緊張感というよりも動きを欠いた展開が停滞した物語、要は、退屈になってくるのだ。


決定的瞬間と思われるときが2回くる。敵との距離は1500メートル。重傷を負って倒れている味方の狙撃兵(ジョン・セナ)との距離は数メートル。遠くの敵とは無線で交信しているが、1500m離れているので数メートル先に倒れている味方に大声で話しかけても、敵には聞こえない。この設定は、面白い。だが、これもお約束かもしれないのだが、無線のスイッチを切り忘れため、ジョン・セナに大声で指示を与えていることを敵に聞かれてしまう。あとひとつは、救出のヘリが近づいてくるので、アーロン・テイラー=ジョンソンは、最後に、見えない敵に対して全身をさらす。撃てるものなら撃ってみろと。そうして敵の位置を救出にくる味方に知らせようとする。だが敵は撃ってこなかった。


映画が終わった後、あんな敵がいるだろうか。だいたい昼も夜も補給もなしに、一人で身を潜めている狙撃兵というのはいるわけがない。おかしいだろうと、つっこみをいれようと思うと、そのとき、いくら映画の三等軍曹よりも頭の回転の悪い私にも、ふと、ひらめくものがある。ああ、そうだったのか、と。なにがそうだったのかは、映画で確かめてほしい。


後味の悪い終わり方なので、アメリカでの一般的評価では、反米的だというようなものが多い。だが、それはある意味あたっていると思う。つまり、結局、敵の手の中で踊らされていたという絶望的状況は、戦場での敵ではなく、アメリカ人によって、絶望的な戦いへと追いやられていくアメリカ人庶民の苦悩とシンクロしているように思われる。敵は、敵ではなく、兵士を死へと追いやる味方なのである。その意味で反米映画である。そしてまたこの戦争装置は、ひとつのメカニズムあるいはシステム化して、アリジゴクのようにつぎつぎと犠牲者を呑み込んでいく。もはやこうなると、敵は無敵である。この場合、敵というのは戦争システムである。この意味がこれは戦争の恐怖とむなしさを描く反戦映画である。

posted by ohashi at 22:20| 映画 | 更新情報をチェックする