2018年02月16日

関西弁

失敗は続く。


本日、ある会議のあとの雑談の場で、


方言がどうのこうのとか、アクセントがどうのというような話になって、黙って聞いていたのだが、急に、私は、東京の出身かと聞かれて、いえ、名古屋ですと答えた。そして名古屋では、たとえば学校(小中高)では、名古屋出身の教師は、授業では絶対に名古屋弁を使わない。いわゆる標準語をしゃべる。ただ、名古屋には関西出身の教員も多く、その先生方は、関西弁まるだしてしゃべると言ってしまった。「関西弁まるだし」というのは、ちょっと表現が失礼だったかもしれない。関西出身の人の前で。


実はこのあとに、つまり名古屋の人間は、名古屋弁にコンプレックスがあって、あらたまった場とか公の場、あるいは教室での授業などでは名古屋弁を使わない。つまりバイリンガル。新幹線で東京に行く時にも、同じ名古屋人どうしで話していても静岡県に入ると、標準語に切り替えるといわれている。ところが関西出身の人は、関西弁に誇りをもっているようで、時と場所に応じて、関西弁と標準語を切り替えたりしない(実際には切り替える人も多いようだが)。だから子供心に関西出身の先生は関西弁に誇りをもっているようで、ある意味、うらやましいと思っていた、と、そうフォローするつもりが、次の話題に行ってしまって、なにか小ばかにしたような失礼な言い方をしただけで、終わってしまった。


こんなところで弁解してもはじまらないが、失言の多い人生だと、つくづく嫌になるぞ。



posted by ohashi at 21:24| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年02月15日

ポリカルポフ

失敗続き。本日、通販で購入した、1/32のポリカルポフI-16(ウクライナのプラモデル・メーカーであるICM製)が届いた。昔は、同じプラモデルを2つ購入して、ひとつは作製用、もうひとつは永久保存用にしていたのだが、作る暇もなくて永久保存用がペアで、いくつもそろっている。ただ、手を動かすことで脳の老化防止にもなるということで、エアブラシも新しいのを購入し(とはいえ依然購入したものの半分以下の廉価版)、しかも、あらたにヒコーキのプラモデルを購入することにした。


ポリカルポフI-16というのは、両大戦間から第二次大戦中にかけての有名な戦闘機で、世界で初めての引き込み脚を採用した戦闘機として名高い(とはいえパイロットが手動で、機体の脚を出し入れするのだが――そういえば映画『ダンケルク』でもスピットファイア―は手動で脚を出していた)。しかし戦闘機とはいっても、複葉の機体の上の翼を取り去って単葉にしただけで、ずんぐりむっくりした機体は、およそかっこいいとはいえない、ぶさかわいい飛行機である。1/32のモデルは、ふつう大きなものだが、この機にかぎっては1/48の戦闘機くらいの大きさしかない。小さいぶん作りやすい。


このモデルに求めていたことは、スローガンのでる。この時期のソ連の戦闘機、あるいは戦車などがそうだが、胴体にスローガンを大きな文字で描いていた。そのスローガン付きの機体をなんとしてもつくってみたかった。有名なスローガンは、「スターリンのために」と「ファシストに死を」というロシア語のスローガン。ちょっと大きめのI-16の両側に、このスローガンがでかでかと入る。置物としても面白い。


そこで届いたモデルの箱をあけて、水転写のデカールを、見てみたらな、な、なんと、ない。スローガンのデカールがない。あるのは赤い星と数字のデカールだけで、スローガンがない、ない、どうしたのだ。


模型雑誌の作例には、このスローガンがあった。なぜこのスローガンをとってしまうのだ。ネット上の二三の通販サイトをのぞいてみたが、商品見本の写真をみると、スローガンのデカールがない。やはりもうなくなったのか。別売デカールが販売されるのを待つしかないのか。残念。


posted by ohashi at 21:25| 日記 | 更新情報をチェックする

2018年02月14日

卒論口頭試問

本日、口頭試問が無事に終わり、ほっとした。もちろん卒業式までには、いろいろな重要が行事がつまっているのだが、卒論の成績もこれで出してひとまず一年のしめくくりとなる。


口頭試問に関しては、私は英語英米文学研究室と現代文芸論研究室の口頭試問のふたつを担当している。英文と現文では口頭試問の形式が異なり、現文は口頭試問を公開している。公開といっても一般に公開するとかネットで中継するというようなことではまったくなく、同じ専修課程の在校生(3年生)に公開して、彼らが卒業論文を書くときの参考にしてもらうということのようだ。


英文研究室でも同じこうとをしないのは、公開にして、みんなのまえでつるし上げるというような、公開処刑などするはずもないが、そうされるのではないかという不安と恐れをかきたてると、卒業論文を書く気が失せるのではないかと心配するからである。英文は卒業論文が必修ではない。卒論を書かなくても卒業できる。現文は卒業論文が必須で、書かないと卒業できない。英文にとって、卒論を書くの気が起きないようになることは極力避けることになる。


とはいえ非公開の英文の卒論試問は、非公開のぶん、けっこうシビアなつっこみが入ることもある。ただし密室でのつっこみなので、公開処刑ということにはならないが、それで私自身失敗したことがある。現文の卒論試問の場で、ついつい英文の卒論試問の癖がでて、あろうとか卒論のなかで、英語の引用の誤訳を指摘してしまったのだ。ずいぶん前のことなので、誰も覚えていないと思うが、その学生はたぶん恥をかかされたと恨んでいると思う。英文の場合、卒論は英語だからまちがった日本語訳というのことはありえないが、細かなミスまで、指摘することはある。実際、それは教員が丁寧に卒論を読んだという証拠にもなるのだから。しかしその癖のまま現文で、在校生がいるところで、誤訳を指摘したのは、まずかった。そもそもその学生に恥をかかせようというつもりはなかったし、また、誤訳だらけの出来の悪い卒論ということではなくて、むしろ優秀な卒論だったので、そのぶん、引用に一か所、誤訳があったことが目立ってしまったのだ。あとで、そっとメモでも渡して、ここが誤訳だったと知らせればすむことで、ほんとうに申し訳ないことをした。


ずいぶん前の話で誰も覚えていないだろうが、当人と私自身は、憶えている。トラウマになっていなければいいが。


実際、公開口頭試問では、諮問を受ける側は緊張するかもしれないが、公開なので、ひどいことは言わないし、むしろ、いかに相手を傷つけずに、いうべきことはいうか。また、欠点の指摘ではなく、ほめたり励ましたりすることが中心となる。では、公開しない口頭試問だと、ぼろくそに言うのかというと、そんなことはない。英文の口頭試問でも、無神経な発言で相手を傷つけることはしたくないし、励ましたり、なぐさめたりする。だから、いまでは現文と英文の、つまり公開と非公開の口頭試問の差は、なくなっていると思う。


また、そのぶん、英文の口頭試問では言いたいことも言わないでおくことが多い。私の場合には。そのためここで、実際の口頭試問では言えなかったことを数回に分けて書いておこうと思う。べつに罵倒できなかったから、この場で罵倒するというようなことでは絶対にないが。

posted by ohashi at 01:39| コメント | 更新情報をチェックする