2025年09月03日

イーグルトン『悲劇とは何か』2

この本の装丁について
もともとこの本は並製本のはずであった。並製本、ペーパーバックといったほうがわかりやすいかもしれないが、私も内容からして並製本がいいのではないかと思っていた。価格も上製本よりは安くなる。上製本、ハードカバーといったほうがわかりやすいか。

並製本と上製本、それぞれ独自のイメージがあり、一概にこうとは言えないのだが、並製本の場合、軽い、持ち運びやすい、親しみやすいといったイメージがある。とはいえ、たとえばエンターテインメントの文庫本というイメージとは別に勉強のために汚したり壊してもよいというイメージもある。楽しみと学び。両イメージが並製本にある。

とはいえ上製本にも同じようなイメージの同居があるわけだから、やはり並製本と上製本の違いは、物としてみた場合の本として、価格の違いに落ち着くだろう。

エンターテインメントでもありまた勉強のための教科書でもあるという二重性をもった原著には並製がふさわしいと翻訳者である私もまた編集者もそう思っていた。ところが出版する際には上製本となった。それは最初から高額な定価を設定したからであり、5000円の本が並製本であるというのは体裁がつかないから、上製本にしたのである。

最初から5000円という定価ありきの話である。それに見合ったものにするために上製本にした。だが、そんなことをしていると、本はますます売れなくなるだろう。

私は正直いって、この翻訳は、翻訳の質あるいは読者への情報提供という点で、5000円でも安い位だと思っている。ちなみに私には原稿料はない。

と同時に、正直いって、この翻訳は、この薄さと内容からみて5000円は高すぎると思っている。ちなみに私には原稿料はない。

私が忸怩たる思いでいるのは、原稿料を要求すればよかったということではなく、本離れを加速させることに加担したということである。

なおここまでは前回と同じ話をしている。

装丁そのものは、動物の頭の骨を使った図柄で、地味で落ち着いていながら、けっこうインパクトもあるデザインで、本の表紙としては、これを一冊持っていても、悪くない(ちなみに私には原稿料はない)。

ではこれは何の骨なのか。ヤギ(Goat)の頭蓋骨とその大きな角である。ではななぜヤギの頭と角なのか。

Wikipediaの「ギリシア悲劇」の項には次のような語源と起源をめぐる説明がある:
ギリシア悲劇を意味する「トラゴー(イ)ディア」(古希: τραγῳδία、古代ギリシア語ラテン翻字: tragōͅdía)は、「山羊」(ディオニューソスの象徴の1つ)を意味する「トラゴス」(古希: τράγος、古代ギリシア語ラテン翻字: trágos)と、「歌(頌歌)」を意味する「オー(イ)デー」(古希: ᾠδή、古代ギリシア語ラテン翻字: ōͅdḗ)の合成語であり、「山羊の歌」の意味。英語の「tragedy」等も、この語に由来する。

つまり悲劇(tragedy)の別名は「ヤギの歌」(goat songもしくはgoat’s song)である。ただし本文に、ギリシア悲劇の起源あるいは語源についての考察はない。本書は悲劇の起源というよりも、その死後の生に関心があるからである。

装丁の図からみて、「山羊」の頭蓋骨と角であると読み取ることができた読者にとって→「山羊の歌」→「悲劇」というふうに連想がはたらいたとしてもおかしくない。この聡明な読者(まだ装丁を観ただけでは読者とはいえないが)に対しても、とくに働かなかった読者に対しても(これが何の図なのかわからなかった場合もあると私は思うし、その場合には、「山羊」についての話がはじまらないだろう)、とにかく、お詫びしなければいけないのは、本文に「山羊の歌」の考察は出てこないということである。お詫びします。

【ちなみにアイルランドの小説家ダーモット・ヒーリーDermot Healeyの小説にA Goat’s Song(1974)がある。著者イーグルトンもこの小説を高く評価していたので、「山羊の歌」について知らないはずはない。とはいえ古代ギリシアではなく、現代のアイルランドを舞台にして劇作家を扱ったこの小説は、誰もが褒める作品なので、イーグルトンによる高評価は珍しいことではない】

悲劇論の方向性について
従来の悲劇論は、古代ギリシアにおける起源の問題を扱うような研究は別として、視野が狭くなる傾向にあった。

本書でイーグルトンが触れているオルダス・ハクスリーの有名なエッセイ「悲劇と全体的真実」のなかで考察されている悲劇の特徴とは、まさに悲劇的結末にむかってわきめもふらず一直線に進行するひたむきさ一途さであり、その過程で、夾雑物は捨てさられ、純化と昇華が徹底される。しかし私たちの人生や社会にあるのは、純粋さだけでなく不純なものであり、夾雑物であり、カオスでもある。いや社会がカオスだけなら、それは悲劇的だが、どのような社会もカオスと秩序との混合体であって、そうなると一途で純粋な悲劇よりも喜劇のほうが「全体的真実」に近づいている――というのがハクスリーの議論だった。

【このブログでも、このエッセイについても触れた。かつては名エッセイとして知られ、昔の英文科ではよく読まれた。また翻訳もあったのだが、「全体的真理」と訳していた。Truthは「真実」と「真理」どちらにも訳せるのだが、このエッセイにかぎっては「真理」じゃないので今回の翻訳でもこの既訳については、古いこともあって、言及していない。】

悲劇論の多くは、まさにこの純粋志向の悲劇的特徴が憑依したかのごとく、純粋な悲劇をひたすら希求する。なるほどソポクレスの『オイディプス王』をギリシア悲劇のみならず悲劇全体のなかで最高峰の悲劇とみることには異論はない。だが、それゆえに『オイディプス王』でなければ悲劇にあらずという発想法になって、悲劇の定義を狭め、悲劇作品を限定してしまうことが、これまで行われてきた。

時代的にみても、ギリシア悲劇はそれが造られた時代と社会との間に親和関係があったのだが、それ以降は悲劇は形骸化する。古代ギリシアのギリシア悲劇こそが悲劇であって、あとはまがいもの、堕落した退廃的な作品にすぎないというのがこれまでの悲劇論の大勢でもあった。

著者は、これまでの悲劇論が、悲劇の最高峰・典型を言い募るあまり、悲劇作品の範囲を狭めてきたことを批判する。そのため本書では多くの時代の多様な悲劇作品が言及され考察される。それはまた悲劇という枠を超えた刺激的な演劇論にもなっている、いや、悲劇の多様性を考慮しつつ悲劇の可能性の拡大の試みともなっている。

それはジャンルとしての可能性の問題だけではない。歴史的な問題もそうで、近代の悲劇あるいは現代の悲劇に、古代ギリシア悲劇の栄光を求めてもむりだ、空しいというふうに考える読者がいれば、それはジョージ・スタイナーの『悲劇の死』に洗脳されているからである。

近現代の悲劇は、古代ギリシア悲劇の足元にも及ばないという悲劇の死の議論は、スタイナーの発案ではなく、それまでにも言われていたことがだが、スタイナーがそれを政治的にも(つまり近代の民主主義が悲劇の息の根をとめたというクソ保守の反リベラリズム思想に裏打ちされた)、また文学史的・演劇史的にも充実した議論へと完成させたのだが――実際、悲劇が死んだあとの時代の作品についてもスタイナーは鋭利な洞察をもとにすぐれた議論を展開している。

【ジョージ・スタイナーは私が学生時代にKO大学の招きで日本で講演や対談をしたことは記憶に新しい。ある雑誌に由良君美と安藤伸介(大御所・有名人であったので呼び捨てとなる)が、スタイナーの日本での講演を題材に対談していたのだが、そのなかでスタイナーの講演を聞いたKO大生の、あんなにわかりやすく美しい英語を話す学者・批評家はいないという賛嘆の言葉を、ふたりのどちらかが紹介していた。二人ともKO大生のその評価には対し異論はないように思われた。私も、その講演を聞かなかったことがほんとうに悔やまれたのだが……。

しかし、イギリスに行ってスタイナーがテレビで話しているのを聞いて私は愕然とした。ものすごい巻き舌の、ドイツ人が下手な英語をしゃべっているような、そんな英語で、こんなにわかりにくい汚い英語を話す学者・評論家はいないと思った(イギリスの大学の教員は、スタイナーに比べるとびっくりするくらい美しい英語を話していたので)。まあ最近、ミシェル・フーコーの講演・講義のフランス語の発音がひどすぎて聞き取れないということ語っていた研究者がいて、フーコーの肉声を聞いたことのない私はそんなものかと思ったのだが、話し方の上手い・下手とエクリチュールとの間に有意な関係性はないと思うものの、スタイナーもフーコーも日本で講演しているのに、内容ではなく、その話し方がひどいということが伝承として残っていないのは、よほどひどい話し方だったにちがいない。】


だが近代の民主主義とは相容れないために、近代以降のどんな悲劇も出来損ないたることを余儀なくされるというのは、おそらく暴論であろう。疾風怒濤時代のドイツの悲劇とか、イプセンとかアーサー・ミラーの悲劇は、どれも出来損ないなのか。またそれらを考慮にいれない悲劇論は、たとえどれほど鋭利な議論を展開しようとも、かなり一面的なものにならざるをえないだろう。

本書『悲劇とは何か』は、まさに悲劇の死以降の悲劇の死後の生を扱うことのよって、これまでの悲劇論の視野狭窄を回避する試みとなっている。またそのいっぽうで、悲劇の精華とも目される作品に対しても、そこに曖昧さや決定不可能性をみることによって、すでに語られているほど、純粋な作品でもないことを剔抉する。

決して大部な本ではない、むしろ短いと思える本なのだが(ああそれでいて翻訳が5000円とは)、議論そのものは、熱い。そしてその熱さが、この猛暑のなかで読者を熱中症にさせるのではなく、清涼剤にも等しいもの、塩分補給に等しいものになってくれることを祈るばかりである。

次回からは、ここで述べたことを内容に即して、解説したい。

posted by ohashi at 18:23| 翻訳 | 更新情報をチェックする

2025年09月01日

イーグルトン『悲劇とは何か』(平凡社2025)1

新米が出回りはじめ、昨年と同じくらいの小売り価格だという。え、昨年つまり2024年は例年に比べて二倍以上の小売値がついていた。それが少しずつ値が下がってきたかと思うと新米が出てきて、また高値に戻った。おそらく新米は2023年レベルに戻ることなく、高止まりが続くだろう。昨年までは、いや今年になっても、生産者である農家は米の価格が安くて生産も生活も成り立たないと嘆いていたのだが、いまとなっては嘘だとわかった。農家はJAによって高い値段で米を買い取られている。その高い米を中間卸業者が、そして末端の小売業者が高く買い取るので、小売価格が例年の二倍になった。そして今年も高止まりをつづける意向らしい。

御用メディアが絶対に伝えないことは、米離れが進んでいることだろう。コメは高くても買われているという情報かフェイク情報は伝えても、米離れが進んでいるという現実にメディアは決して向き合おうとはしない。一挙に価格を2倍にするというのは、消費者を舐めきっている証拠だ。令和の米騒動がおこらないのは、米離れがすすんでいるからだろう。こんな無謀なことを許容しているコメ農家もJAも卸売業者も小売業者も、いつか、売れないコメをかかえて倒産するにちがいない。その日が来ても、誰も米農家とかJAには同情しないだろう。

なぜ高い米のことを話題にしたのか? それが世間の今現在の関心事であるからとはいえ、もう一つの理由がある。

この8月に翻訳を出版した。テリー・イーグルトン『悲劇とは何か』大橋洋一訳(平凡社2025.08.29)である。なんとこの本5000円近いのである。本体4500円。税込みで4950円。まあ5000円とみてさしつかえない。

原著は2018年に刊行(Terry Eagleton, Tragedy, Yale University Press, 2020)。翻訳刊行までに5年もかかったのは、私のせいでもあるのだが、それ以上にコロナ渦のせいで作業が大幅に遅れたからである。

まあ正直言って、いまの時代にイーグルトンの啓蒙的な本は需要がないだろう。いまだったら、誰もこの本を翻訳しようとは思わないだろう。いまとなって翻訳出版するのは、そうでもしないと2020年に翻訳権をとったあと翻訳を出版しないと、違約金が発生するからだろう(詳細は私は聞かされていない)。駆け込み出版なのだが、ただ、それにしても5000円は高い。

私は原著はとても面白い本だと思うし、翻訳も力がこもっているよい翻訳だと自画自賛したいのだが、ただ、今述べたばかりだが、現在の日本でこの手の本に需要があるとも思えない。そのうえ、この定価である。まず絶対に売れないと思うし、この程度の本――分量的に――に、こんな定価をつけていたら、それこそ本離れが進む一方ではないか。

そういうお前は、高い原稿料を払ってもらって、本が売れなくても、痛くもかゆくもないだろうと批判的にみられるかもしれないが、私はコメ農家とは違う。実際のところ、本が売れても売れなくても私にとっては関係ない。儲けなどない。原稿料はないのだから。この高い定価に私への原稿料は含まれていない。

これがなにを意味するのかというと、本あるいは翻訳を出せば、普通誰でも献本をする。これまでも、原稿料がなくなるくらいに数多く献本してきた私だが、今回は、献本しても、たてかえてもらえる原稿料などないから、すべて自腹となる。献本は最小限に抑えている。献本すればするほど赤字になる。年金生活者にとっては、耐えられないことである。

まあ私から献本させていただく方々が、このブログを読んでいるとは思えないので、別に恩着せがましいことを言っているのではない。

また、これからこの翻訳について、宣伝させてもらおうかと思うが、買いもしない人たちにむけての宣伝なので、無償の行為である。とはいえ、このブログを読んでいただいている人をバカにしているのではない。私だって、イーグルトンの翻訳には興味があるし、訳者の大橋洋一は癖があるものの、それなりに信頼のおける丁寧な翻訳をしていると思うのだが、それにしてもこの薄さで、この定価(税込みで4950円)では、私は絶対に買わないので。

これ以降、この翻訳についての自己宣伝を断続的に続けたいと思う。今回が、その第1回となる。つづく
posted by ohashi at 22:10| 翻訳 | 更新情報をチェックする

2020年12月06日

バイロン『カイン』

実は、前日の記事は、バイロン『カイン』(岩波文庫)についての感想の前振りである。

「過去10年間で出版されたこの分野の研究書のなかでもっともすぐれたもの」というような表現が卒論のなかでなされた場合、そこには、含意として、書き手が、この分野の研究者で、多くの文献を読みこんでいる優れた人間ということがあげられる。卒論を書く一学生が、そんな研究者であるはずもなく、違和感マックスなのだが、本人としても、優秀な、あるいは有能な研究者としての自我を一瞬でも引き受けて、いい気持ちになったということが、まったくないとは言いきれまい。自分を偉く見せようという強い気持ちはなくても、自分が偉くなったと一瞬でも感じたのではないか。そこのところが気になる。

同じようなことを私は感じたの、バイロンの『カイン』の翻訳というよりも、その訳注を読んで。

バイロンの『カイン』の翻訳の「訳注」を読んで、驚いた。

たとえば最初の注

……バイロンは、劇の歴史にいっくらかはしたしんでいたらしいが、かれの知識がとこからきており、どのくらいものであったかは推測したがい。一八一八年に公にされた「チェスター戯曲集」の再刊本はよんでいたろう。ウォートンの「詩史」のなかの奇蹟劇の部分をよんでいたのことはたしかである。あるいはLudus Coventrieaeの版本もみていたかもしれない。Le mistere duy Viel Testamentの十六世紀版は、一八七八年にロスチャイルド伯爵が再刊したが、はたしてバイロンがそれを見ていたかどうかはわかない。奇蹟劇の神聖冒涜についての例は、Towneley Plays(一八三六初刊)参照。(p.163)


これを読んだときに、翻訳者の島田謹二の知識というか学識は、すごいものだと一瞬驚いた。いまの若い世代は知らないかもしれないが、島田謹二という人は、その威光に誰もがひれ伏しておかしくない大学者だった。Wikipediaで調べてみてもいい。そこには島田謹二(1901年3月20日 - 1993年4月20日)が比較文学者、英米文学者で、戦後、新制発足間もない東京大学教養学部の大学院比較文学比較文化専修課程の初代主任教官となり「平川祐弘、芳賀徹、小堀桂一郎、亀井俊介ら、多方面で活躍する人材を多く育てた」とある。また司馬遼太郎とも親交があり、そして女癖が悪かったという。この女癖については、いかにもWikipediaタッチで、べつになにか大事件になったわけでもないし、そんなことを書く必要があるのかとWikpediaの記述の、いつもながらのゲスぶりにあらためて憤りすら覚えたのだが、今回の『カイン』は、この人物の翻訳であり、また「注」なのだ。

翻訳については、すぐれた翻訳だと思うので、なにもいうことはない。問題は、そこにつけられた訳注である。

ただし、なにか翻訳者が不正なこととか、まちがったことをしたということではまったくない。訳注をみて、私は最初から、その学識に度肝をぬかれたが、ただ、さすがに読んでいくと、これは翻訳者当人がつけた訳注ではないことはわかってくる。実際、文庫版の解説の最後に、訳注は、バイロン全集のこの作品に着けられた原注を選んで翻訳したものであることを明記してある。

……アーネスト・ハートレー・コールリッジが標準的なマレー版「バイロン全集」第五巻についけた注をもとにして、簡単なノート(注)を前に出しておいた。初心の読者のために多少のお役にたてばありがたいとおもっている。(p.185)


と書いてある。

ただし、解説の最後まで読まないと、わかないのだが、しかし、明記してあるので、これは盗作でもなんでもない。また原書につけられた原注も翻訳することは、まちがいではないし、また原初の原注を訳してくれると読者としてもありがたいことも事実である。

だから、まちがったことはなにひとつないのだが、しかし、「……バイロンは、劇の歴史にいくらかは親しんでいたらしいが、かれの知識がとこからきており、どのくらいものであったかは推測したがい」という趣旨の訳注は、翻訳者の学識あふれる感慨として受けとられてもおかしくない。翻訳者は、ただの無名の研究者ではなく、島田謹二大先生なのだから。しかも、このような書き方は、翻訳者の意見なのか、原著にふくまれる注釈の作者の意見なのか、すぐには、区別がしがたくなっている。ここは、しつこいぐらいに、これは原著の原注であり、そこではこういうことが書いてあると、明記すべきだろう。そうしないと訳注をつけた者、つまり翻訳者が、ものすごい学識をもっていると誤解されかねない。いや、誤解されたほうがよかったのでは?!

いやちがう、島田先生ならコールリッジなんとやら(コールリッジの孫だが)と同じ学識があってもおかしくないのだから、これは島田先生の学識が披瀝されたものとみてよく、たまたまコールリッジの孫と意見が一致したにすぎないといわれるかもしれない。

しかしだったら、次の注は、どうか。

蛇――「蛇は蛇であった」という主張については、ヴォルテールの「聖書解釈」、ベイル(「エヴァを誘惑したのは現実の蛇であった」)の「批評辞典」(His. And Crit. Dictionary (1735)ii, 851)参照。


という訳注。実は、これも原注の引き写しなのだが、それはそれでいいとしても、ヴォルテールの「聖書解釈」には、説明が欲しい(原著のフランス語のタイトルくらい出すべきだし、原書の原注はヴォルテールの全集の巻数まで明記して、詳細な出典情報を提供しているきめて学術的な注となっている)、ベイルの「批評辞典」というのはなんじゃい?

ベイルのこの本は、現物は見たことがないのだが、けっこう有名な本で、私が翻訳している本にも言及があった。日本版Wikipediaにも「ピエール・ベール」の項目に

ピエール・ベール(Pierre Bayle, 1647年11月18日 - 1706年12月28日)は、フランスの哲学者、辞書学者、思想家。『歴史批評辞典』などを著して神学的な歴史観を懐疑的に分析し、啓蒙思想の先駆けとなった。


とある。そして日本版ウィキペディアにはどういうわけか触れていないのだが、『歴史批評辞典』には、翻訳もある(法政大学出版局、絶版)。ところが、原注を訳した人間は、His. And Crit. DictionaryHis.が何の略かわからなくて、『批評辞典』としか訳していない。本来なら、これはわかって当然で、『歴史批評辞典』と訳すべきでしょう。この注をつけた、あるいは翻訳した人間は、ベイル/ベールのこの辞典について何も知らないのだ! ならば、自分で知らないことを、日本の読者に伝えてどうするのか。ちなみに原書の原注はHist.and Crit. Dictionaryとあるのだが、岩波文庫版ではHis.and Crit.Dictionaryとあって、Hist.がHis.なっている。どういうわけか。

もうひとつの注

アルフィエリの「アベーレ」とバイロンの「カイン」との間には何の類似もない。


これには読者はきょとんするしかない。実はバイロンは、序のなかで、こう述べている――

最後に一言つけ足したいことがある。アルフィエリに「アベーレ」という「非歌劇」があるが、著者はまだ読んだことがない。伝記をのぞいては、この作家の遺著は一冊も読んでいない。


と。この末尾の言葉に対する注がこれなのだ――「「アベーレ」と「カイン」との間には何の類似もない」。はあ? なんの類似もないのなら、なぜバイロンは、わざわざことわったのだ。この注は原書のコールリッジの孫がつけた注と同じというか、翻訳である。

There is no resemblance whatever between Byron’s Cain and Alfieri’s Abele. これが原注。

この注を訳した翻訳者は、まずアルフィエーリについて何も知らない。まあ日本でもアルフィエーリの戯曲が翻訳されたのは、Wikipediaの記述を信ずれば21世紀に入ってからである。

翻訳リスト
『アルフィエーリ自伝』 Vita scritta da esso(上西明子・大崎さやの訳、人文書院、2001年)【これがバイロンが読んだ唯一の著作。絶対に面白い本だと思うが、私は読んでいない。バイロンがLifeといっているこの書物は、日本語では意味を汲んで『自伝』と訳すべきものだろう。原注を訳した人間は気づいていない。】

『アントニウスとクレオパトラ (悲劇)』(谷口伊兵衛・C.ピアッザ訳、文化書房博文社、2013年)【たぶんシェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』の翻案だろう。読んでいないのでちがっていたらすみません。】

『アルフィエーリ悲劇選 フィリッポ サウル』(菅野類訳、幻戯書房、2020年)【今年出た本。できるなら、もうひとつの代表作『ミルラ』も訳してほしかった。私のイタリア語力では『ミルラ』を原書で読むのはむりだろうし、英訳もちょっと探しにくいので。】



で、このアルフィレーリの『アベーレ』だが、なぜ、なんの類似もない作品に、バイロンは言及したのか、この訳注=原注は、頭がおかしい人間がつけたとしか思わない。なんの説明にもなっていない。そこでWikipediaの説明を一部引用すると、

Abele is an Italian play inspired on the first Bible's chapters by Vittorio Alfieri (1749–1803) which he described as a tramelogedia. It was written in 1786 and first published after Alfieri's death in 1804 in London.


とある。なるほど、「アベーレ」というのは、カインとアベルのアベルのことか。となるとアルフィレーリの『アベーレ』というのは、旧約聖書に取材した戯曲で、バイロンの『カイン』の世界とかぶる。そこでバイロンは、盗作あるいはインスピレーションを得たと誤解されないように、このアルフィレーリの作品は読んでいないと断り、コールリッジの孫も、この戯曲とバイロンの作品の類似性はないと明記した。

これならば、わかる。また英国の読者は、Abeleというタイトルから、アベルを扱った芝居だと想像がつくだろうが、日本の一般読者(私もそうだが)にとって、アベーレからアベル、カインとアベルを思いつくことは至難の業である。もちろん原注を訳した人間も、たぶんなにもわかっていない。結局、これは原注の劣化コピーに過ぎない。

なお細かなことだが、原注において、現代の日本語の一般的な表記と異なり、作品名は「失楽園」、「マンフレッド」、アウグスティヌス「神の国」と、「 」で表記し、引用は『………像ことごとくは/始の輝きを失わず、……』と二重カッコになっている。まあ、それでもシステマティックなら、それでいいのだが、バウリング編『ヴィトリオ・アルフィエリの悲劇』、『詩集』など書名も二重カッコになっている。作品名は「  」、引用は『  』、書名は『  』なら、では「ベイル辞典」(p.166)は何か?(これは『歴史的・批評的辞典』のことだろうが)。しかも「べィル辞典」(p.167)という表記もあるが、これは同じまあ不統一だろうが。

ならば
『婦人たちは……』(「コリント人への第一の手紙」……)(p.170)

はいいとして、
ゲスナーの『アベルの死』参照(p.170)

は作品名が『 』に入っている。
主の天使――「ミルトンは……」

はなぜ『ミルトンは……』
ではないのか。まあめちゃくちゃなのだ。

というか、昔はおおらかだったのだろう。本来なら、こんないい加減な注をつけた岩波文庫は永久絶版にしてもいいのだが、ただ詩の翻訳はすぐれていて、バイロンのこの傑作が読まれなくなるのはつらい。だから有能な研究者が注のところだけでもつけなおしてくれるとありがたいのだが……。

ただいえるのは、昔はおおらかだったということである。また、翻訳に関しては、昔の大先生の翻訳には、言い訳があった。これは、大先生が翻訳したのではなく、弟子とか学生がしたのだという。今の政治家の、全部秘書がしたのだという、あからさまな嘘を思い出すかもしれないが、実は、翻訳の場合、嘘ではないことも多くて、本人が翻訳していないことも多い。また原注の部分については、昔はおおらかだったのか、あるいは学生か弟子が書いたのか、そのいずれかだろうとあきらめるしかないのだが。

ただし、一言、私は、前日の記事の、卒論を書いた学生と同じものを、感じるのだ。意地悪な感想だろうか。

posted by ohashi at 20:10| 翻訳 | 更新情報をチェックする

2020年11月02日

日本訳

パステルナークの『ドクトル・ジヴァゴ』の翻訳を読んでいたら、「日本訳」という表現に出会った。ボリース・パステルナーク『ドクトル・ジヴァゴ』工藤正廣訳(未知谷、2013)のp.745、訳者付記にあたるページに、「日本訳」という表記があった。

日本訳というのは、見慣れぬ表現だが、もし誤植でなければ、これは英語に翻訳したものを英訳、フランス語に翻訳したものを仏訳ということのアナロジーから、日本語に翻訳したものを「日本訳」と表記したのだろうか。

事実、上記、翻訳書の同じページには「英訳」「仏訳」の表記もみられるので、それに引きずられて「日本訳」としたのだろうか。しかし、「和訳」とか「邦訳」という表現はふつうに使われているが、「日本訳」は、いかがなものだろうか。

このあたりを、ねちねちと、からかい半分に掘り下げて、このブログに載せようと思ったのだが、ただ、この『ドクトル・ジヴァゴ』の日本語訳は、りっぱな翻訳であって、また訳者あとがきからも、この翻訳にかける翻訳者の熱い心意気などが伝わってきて、下手なことを書いて、それが翻訳者の眼にもとまったりしようものなら、倍返し、いや十倍返しとなって、こちらに跳ね返ってきそうで、何も書くことをしなかったのだが……。

この問題は解決をみた。

バイロンの劇『カイン』を最近、岩波文庫で読んだ。この作品を今回はじめて読んだのだが、昔読んだことがあると嘘でもつこうかと思ったくらいの、読んでいないことが恥ずかしいほどの瞠目すべき大傑作だとわかった。岩波文庫の翻訳そのものもすぐれていて、この作品の価値を高めている。

バイロン『カイン』島田謹二訳(岩波文庫1960)である。

そして翻訳者の「まえがき」にいわく

一、これはバイロンの劇詩「カイン」の日本訳である。
【中略】
一、このマレー版全集には、各幕各場にそれぞれ十行単位の行数がしめされている。ここではそれを五行単位に細分して、できるだけものとのラインにそくして日本訳をこころみた。
【以下略】


なんと「日本訳」とある。1960年当時は、「日本訳」という表現が使われていたのだ。誰でもそうなのだが、知らないことはいっぱいある。「日本訳」という表現を誤植かなにかのようにあげつらうような記事を書かなくてほんとうによかったと冷や汗をかいている。もっとも現在の日本では、日本訳という表現は完全に使われなくなったと思う。

あと、せっかくだからバイロンの『カイン』について一言

モダニズム文学は、永遠あるいは永遠の一瞬のような超越的瞬間にこだわりをみせているのだが――たとえばジョイスの「エピファニー」のような、あるいはベンヤミンの歴史哲学における救済の瞬間も、これに属するだろう――、これに対してロマン主義文学がこだわったのが無限であるといわれることがある。モダニズムの永遠Eternityに対してロマン主義の無限Infinity。バイロンのこの戯曲は、まさにロマン派的無限性の主題を前面に押し出した作品で、ここに、美に対する崇高の美学、そして啓蒙を経由した合理主義的悪魔主義とが加わって、みごとなまでの旧約聖書・創世記物語の翻案、そしてまた独立したひとつの悲劇作品となっている。

カインとはアダムとイヴの長男で、アベルもまだ生きているという、地上に人類が数名しかいない神話的過去を舞台に、カインによるアベル殺害にいたる(これは予想できる展開だが)までの懊悩と悲嘆、そして虚無的なカインと、悪魔的な(悪魔だが)ルシファーとのやりとりなどがメインで進行するなか、イメージ性、思想性が、リミッターをはずされたかのように、暴走し、すべてが圧倒的強度で読む者に迫ってくる。

中盤の第二幕は、誰もがファウスト伝説を思い浮かべると思うのだが、ファウストがメフィストフェレスによって地上の多くの場へと連れて行かれ、見聞を深めるのに対し、この作品ではカインがルシファーにつれられて宇宙そのものを旅し、地球を外側からもみる。虚無的懐疑的になっているカインは、まさにファウストであり、ルシファーは、このファウストを宇宙に連れ出すメフィストフェレスである(『カイン』のルシファーをメフィストフェレスだというのは格落ちで、ルシファーには失礼なことになるが)。

この宇宙旅行を指して、この戯曲が上演不可能なレーゼドラマ(英語ではクロゼット・ドラマ)といわれるゆえんだが、しかし現代の特殊効果とかプロジェクションマッピングなどを駆使しなくても、演劇にとって舞台でできないことはない。だからレーゼドラマというのは、存在しないと私は思っているが、同時に、戯曲の多くは、読まれるだけで、舞台化されるのは、ほんの一握りの作品でしかないという悲しいが不可避の現実もある。つまり演劇というジャンルは、ほとんどがレーゼドラマなのだ。

なお岩波文庫版、島田謹二訳『カイン』については、素晴らしい翻訳に感銘をうけつつも、気づいたこともあるので、日を改めて語りたい。
posted by ohashi at 18:05| 翻訳 | 更新情報をチェックする

2014年08月18日

バンド・オヴ・ブラザーズ1

テレンス・ホークスの論文「バンド・オヴ・ブラザーズ」の翻訳を数回にわけて連載する。書誌情報は連載最後の回に明示する。翻訳はすでに完成(ブラッシュアップはしていない)しているので、8月末までには、連載が終わる。


バンド・オヴ・ブラザーズ

テレンス・ホークス


Water

彼の名前はジョージ・チャイルズ1。アメリカ人で、出身はペンシルヴェニア州フィラデルフア。彼は富豪だった。立志伝中の億万長者で、新聞社主、そして(これが撞着語法にならなければの話だが)慈善家であった。ヴィクトリア女王即位五〇周年にあたる1887年の10月17日、彼は、イングランドのストラットフォード・アポン・エイヴォンにおいて奇妙な式典を挙行することになった。それはチャイルズ氏が町に寄贈した設備の開幕式だったのだが、その設備とは大きな装飾的な飲用噴水塔であった。彼自身がみずから信じようとしていたのは、純粋な水をストラットフォードの住民たちに、彼らの馬や羊や家畜に供給することが、「人間と家畜たちへの有益な贈り物」となるだけでなく、飲用水塔そのものが、彼らと同郷の市民ウィリアム・シェイクスピアの天才に捧げられるにふさわしい記念碑」としても役立つということであった(Davis 1890:5)。

飲用噴水塔はいまもそこ、ウッド・ストリートとロザー・マーケット・プレイスとが出会う地点にある。ヴィクトリア朝ゴシック様式の印象的な建造物で、ほぼ十八フィート(五・五メートル)の高さがあり、そのなんともいえぬ奇妙なところは、それが誇示しているシェイクスピア作品からの二つの引用文によって、さらに強調される。ひとつは『アテネのタイモン』からのアペマンタスの台詞‘Honest water, which ne’er left man i’n the mire’「人間を泥沼のなかに放置しない誠実な水よ」。いまひとつは『ヘンリー八世』からクランマー大司教の台詞で、来るべきエリザベス女王の治世にシェイクスピアの同国人たちにもたらされる至福にみちた生活様式を、神聖な霊感のもとに予見するものだった――


In her days every man shall eat in safety
Under his own vine what he plants, and sing
The merry songs of peace to all his neighbours.
God shall be truly known, and those about her
From her shall read the perfect ways of honour,
And by those claim their greatness, not by blood.(5.4..33-38)
〔彼女の時代に万人が安全に食することになろう/彼女自身の庇護のもと、手ずから植えたものを、そして歌うだろう/隣人達すべてに対して平和の心楽しい歌を。/神は嘘偽りなく知らしめられ、彼女のまわりに集う人びとは/彼女の姿から、完璧な栄誉ある行動を読み取り/そして血ではなく、そうした行為によって、その偉大さを高らかに告げることになろう。〕

もちろん引用文のもとの文脈においては、『タイモン』からの台詞は、健康をもたら水の特性を祝福するものというよりも、タイモンの大盤振る舞いの宴会の愚かさに対するアペマンタスの非難の台詞の一部なのである。悪いことに、困惑する人もいようが、現代の学術研究は、この台詞の正当性に疑問をつきつけた。これは、ほぼまちがいなく、シェイクスピアではなく、ミドルトンの手になるものである2。そして『ヘンリー八世』からの台詞は、水についてはなにも言及していない。


Blood
実際のところ、『ヘンリー八世』の引用文は、まったく別の液体について言及しているのである。しかし、ここに謎めいたものはない。飲用噴水塔の水流は、つねに、水よりも豊かでもっと複雑な問題とからみあうことを運命付けられていたことは、すぐにも明確になったはずなのだ。大西洋の向こうの慈善家からストラットフォードの住民に提供されたということで、明確にあるひとつの意味が生まれたのである。水飲み場は、また血に関わるものでもあることが。

オープニング・セレモニーを飾った演説はどれも、この点を包み隠さず述べている。何度も、演説では中心となる呪縛的な考え方が強調されている。すなわち合衆国と連合王国との二つの文化は、真正の血兄弟関係〔blood brotherhood〕の実例となるという考え方だ。ふたつの文化の集団の血管には同じ血球が流れている。こうしたことは、人種、生活様式、全般的外見の統合を保証し強化するのであり、この統合から最終的に共通の遺産が生まれることになる3。セレモニーで読み上げられた手紙のなかでアメリカの作家ジェイムズ・ラッセル・ローウェルは飲用噴水塔のことを「二つの偉大な国民の親密な血ならびに同じ高貴な言語の共同継承」のシンボルであると述べているし、また別の異なる記録者が宣言しているように、この寄贈物は「英国人と米国人との兄弟の鎖に対して――たとえ小さなものでも――新たな鎖の輪」を加えたのである(Davis 1890:iv and 36)。なんといってもチャイルズ氏は、兄弟愛の都市〔フィラデルフィアのこと〕の卓越した市民であり、このような血の絆の明確な提起は――水が中心となる文脈においては――明確な含意をともなうものだった。すなわち前者〔血〕は後者〔水〕よりも濃いという含意が。

おあつらえむきというべきか、オープニング・セレモニーは、著名なシェイクスピア俳優サー・ヘンリー・アーヴィングによって挙行された。「親族」と「共通遺産」とを熱をこめて高らかに宣言する鳴り物の入りの演説のなかで、飲用水塔は、合衆国と連合王国の根源的な人種統合を象徴することが力説され、「二つの偉大な国民が、彼らの共通の民族性のなかでもっとも著名な人物に、共通の敬意の念を捧げることを、かくも貴重なかたちで代弁する寄贈物を思い至った喜ばしい霊験なるもの……」をうれしく思うと演説者は語るのである。出自が同じで「共通の種族」という事実が意味するものはと、彼は付け加える、ほかならぬストラットフォードで、アメリカ市民は「外国人であるいことをやめる」ということである、と(Davis 1890:44-48 passim)。

サー・ヘンリーはつぎにしかるべく水に注意を向ける。水をすくい、水が「清らかで、飲用に適し、良質である」と宣言し、これにスニッターフィールド・ブラス・バンドが「ゴッド・セイヴ・ザ・クィーン」を演奏し、つづいて「ヘイル・コロンビア」が演奏される。つぎに米国大使が乾杯の音頭をとるが、そのなかで大使は「共通するものが多い血族」に言及し、「直情的なサクソン種族」とストラットフォードそのものが、ともに、一アメリカ人からの寄贈物の受け取り手となることは、なんとふさわしいことかと強調する(Davis 1890:54-57)。つづいて『タイムズ』紙の社主が演壇に立ち、「もっとも教養あるアメリカ人」の心にストラットフォードがアピールしたことを語り、ストラットフォードが彼らアメリカ人に対し「彼らが我々自身と同じ血族であり同じ種族であるとの思いを強くさせる」そんな能力があることを保証する(Davis 1860: 63)4。国内紙と国際紙が見解を同じくする。翌日の『ロンドン・スタンダード』の社説は直接イングランドを合衆国の「母国(ペアレント・カントリー)」であると言及し、『デイリー・テレグラフ』の論説欄には「われわれは、ストラットフォード・アポン・エイヴォンのことを、ブリテン人のイングランドとアメリカ人のイングランドの共同資本と呼んでもむべなるかな」と宣言する記事を掲載する。『ニューヨーク・ヘラルド』紙に最後に託されたのは、今から先「ウィリアム・シェイクスピアとジョージ・ウィリアム・チャイルズの名前は不可分に統合されるだろ」という予言とともに、期待をうわまわる希望の最終的勝利を告げることだった(Davis 1890:82、101-2、125)。

要するに、飲用噴水塔の本質とは、合衆国とグレートブリテンとが歴史的にも発生的にも文化的にも種族的にも永遠に絆で結ばれたことを宣言し補強することにあった。至高の逆説というべきか、その水流が、われわれは血を分けた兄弟であることを宣言するのである。そしてセレモニーの血にまつわる次元を強調するかのように、列席したお歴々のなかでひときわ際立つかたちで、サー・ヘンリー・アーヴィングに長年使えていた秘書がいた。ブラム・ストーカーである。

つづく
posted by ohashi at 15:14| 翻訳 | 更新情報をチェックする