2026年02月05日

『ボディビルダー』1

暴力事件を起こしたジョナサン・メジャースJonathan Majorsの復帰第一作かと思い、それはそれで喜ばしいことと思ったのだが、この映画は2023年に公開予定が、暴力事件のためアメリカでは公開延期、2025年3月に公開。日本でも昨年の12月から公開されている。まあ、確かにこの映画において、決して暴力的な人間ではないが、怒りと狂気と絶望によって暴走するメジャースの役どころと、暴力事件は結び付けられやすいから、事件のほとぼりが冷めるまで公開はむりだったということはわかる。

メジャースの出演映画からすると、この『ボディビルダー』は、『グリードIII』と『アントワン・アンド・ワスプ』の続編(いずれも2023年公開)と同じ時期の映画で、Netflix配信の『デヴォーション』(2020)よりも後ということになる。ちなみに『デヴォーション』は私の好きな映画で(戦争物というよりもヒコーキ物なので)、史実に基づくため、メジャースも共演のグレン・パウウェル(!)も、おとなしめの役どころなのだが、それが実は映画のよさともなっている。

あと『ボディビルダー』の監督イライジャ・バイナムの前作『ホット・サマー・ナイツ』(2018)はティモシー・シャラメの映画なのだが、そのティモシー・シャラメとメジャースは共演していたことがある。2017年はティモシー・シャラメは、『ホット・サマー……』のほかに『君の名前……』、『レディ・バード』に出演しているのだが、なかでも一番の端役で出ているのがスコット・クーパー監督の『荒野の誓い』(Hostiles, 2017)――すぐに死んでしまうので。その映画に、ジョナサン・メジャースが出演していた。後半で任務をリタイアする役どころだったが、かなり印象的な人物を演じていた。そのメジャースがバイナム監督の二作めに主役で登場するのは、なにかの因縁なのだろうか。

それはともかく、『ボディビルダー』は、その救いのなさが際立つものの、同時にメジャースの迫力と魅力を存分に示してくれる驚異的映画だった。

ちなみに『ボディビルダー』にはヘイリー・ベネットが出演しているのだが、残念ながら、『アムステルダム』に出演していたテイラー・スウィフトと肩をならべるくらい、出演時間が短い――メジャース演ずるキリアン・マッドクスに影響を与える人物ではあるのだが。また個人的には、彼女の映画を観たのは『スワロー』(2019)が最後で(『ボーダーランズ』(2024)でも観たのだが、その時は気づかず)、今回、いつのまにか、こんなにぽっちゃりした女性になったのかと驚いた。

ジェシー/ヘイリー・ベネットは映画のなかで、キリアン・マッドクス/ジョナサン・メジャースから突然デートを申し込まれるのだが、こんなむきむきの筋肉の人相の悪いアフリカ系の男性から交際を申し込まれても、嫌悪感しかわかないかもしれないのだが、最終的に彼女はデートに応ずる(デートのことを自分の両親にも伝えている)。フィクションだからしかたがないといえばそれまでだが、しかしメジャース扮するキリアン・マドックスは、シャイだが礼儀正しく誠実で心優しい青年にみえる。女性が魅力を感じてもおかしくない人物であることは、特筆すべきである。悲劇は、そのような青年が、男女の友人がなく、孤独なボディビルダーとしてトレーニングするうちに狂気におちいっていくことである。さらに、その狂気から彼は最後まで抜け出せないでいる。

皮肉なのは、あれほど強靭な肉体、鋼の筋肉――無敵で、攻撃にも痛みにも屈しない筋肉――を持っていながら、その孤独な環境ゆえに、それにみあった強靭な精神を持てないことである。しかもその体づくり(一日6000キロ・カロリーの食事)、トレーニング、筋肉増強剤注射などによって、鉄の肉体ができるはずが、内部から体が蝕まれてゆく。精神的にも追い詰められてゆく。強靭な肉体にやどるガラスの魂。いや肉体もまた筋肉増強剤で蝕まれ、負担のかかりすぎる心臓は崩壊寸前である。医師からは手術をすすめられるが、それを拒否――ボディビルダーは体に傷を残ることはできないからである。

映画の最後に、彼は、選考会で優勝し、栄誉に包まれ喝采を浴びているようにもみえる。それが幻想なのか、実際に現在の苦境を抜け出して最後に勝ち取る栄光なのかは、意見が分かれるとかいう意見がネット上にあり、また監督も、解釈は観客にゆだねられると述べているらしいのだが(ほんまかいな)、あれは幻想に決まっているでしょう。その幻想の栄光を追い求めて、結局、彼は最高のボディビルダーになる夢を捨てきれないまま、あるいはボディビルダー依存症から抜け出せないまま、身体が崩壊する門口にたっている――それが映画が示す「終わり」の姿である。

彼がボディビルダーとして成功するわけがないと思われる根拠は、もちろん、夢が絶たれ自暴自棄になった行動からもう未来がないと感じられるだけではない。その肉体である。キリアン・マドックス/ジョナサン・メジャースの鍛え上げられた肉体は、映画の冒頭で目にすると驚愕のあまり卒倒するような迫力がある。しかし映画のなかではキリアンがあこがれ、自分の理想像としてあがめているプロのボディビルダー、ブラッド・ヴァンダーホールが登場する。自身がプロのボディビルダーで俳優でもあるマイク・オハーンが演じているのだが、あいにくボディビルについては全く無知の私は、この人物が世界中の雑誌の表紙に載ったことがある有名人だとは知らなかった。そんなことも知らないのかと、キリアン・マドックス/ジョナサン・メジャースに責められそうなだが(映画のなかで同様に問い詰められたヘイリー・ベネットの困惑がよくわかる)、とにかくこのマイク・オハーンの肉体にくらべると、キリアン・マドックス/ジョナサン・メジャースの肉体は見劣りがする。

またキリアン自身が追い詰められ心身ともに傷ついていくにつれ、彼の超人的肉体が細るような印象を受け、マイク・オハーンの実際の肉体をみると、ますます細るようにみえてならない。残念ながらキリアン・マドックス/ジョナサン・メジャースが、ブラッド/マイクのようにプロのボディビルダーとなって脚光を浴びる日はこないだろうと確信できる(なおマイク・オハーンは、よくあの役を引き受けたと、ちょっと驚くのだが)。

つづく
posted by ohashi at 15:15| 映画 | 更新情報をチェックする