『ヴォイツェク』は、東京での公演は9月28日に終了したが、残念ながら観劇できなかった。というのも、このところ咳が止まらなくて、ひどいときには、喘息の発作のような咳がでる。観劇当日までには、なんとかなるだろうと思っていたし、咳もおさまりかけていて快方にむかいつつあると実感できたので、病院にもいかなかった。
ところが観劇当日、咳が悪化した。これでは上演中、ひどく咳き込んで周囲に迷惑をかけることは必至であった。『ヴォイツェク』は短い芝居だが、今回は20分の休憩をはさんで、2幕構成にするようだ。そのぶん上演時間は長くなる。上演時間中、咳を抑えることができるかまったく自信がなかった。苦渋の決断ではあったが、観劇はやめることにした。
以前、観劇中に、ずっと咳をしている観客が近くにいて、舞台に集中できなかったという苦い経験もあった。病気で、咳き込むくらいなら、劇場に出てくるな、殺すぞと、心の中で呪いつづけていたのだが、私自身、このまま劇場で観劇したら、それこそ殺されてもおかしくないほど、呪われる存在になる。他人に厳しくする場合、それ以上に、自分に厳しくあらねば意味がない。結局、高価なチケットだったが、観劇をあきらめることにした。
『ヴォイツェク』は、これから日本各地を回るようだが、11月に東京でもう一度公演をする。もしチケット購入が可能なら、その時、観劇できればと思っている。
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これは今回の『ヴォイツェク』上演とは直接関係のないことだが、このブログの、2020年5月29日の記事「翻訳の闇5」のなかで『ヴォイツェク』について触れていた。お酒にガンパウダー(黒色火薬)を入れて飲むという英語訳が荒唐無稽ででたらめであるという岩淵達治先生のコメントを紹介していたが、これは別にでたらめな英語訳ではなく、かつてヨーロッパではガンパウダーに薬効があると信じられていたのではないかという私の疑念を表明しておいた(関連するネット上の記事(英語版)も紹介した)。
それを思い出した。
とはいえ2020年5月29日の記事に付け加える情報はとくにないのだが、ずっと気になっていた。たとえば『ガンパウダー・ミルクシェーク』という映画がある。これは映画のタイトルというよりは歌のタイトルなのだが、ガンパウダーと飲み物とがポジティヴもしくはネガティヴに結びついていることがわかる。
「午後の死Death in the afternoon」というのはヘミングウェイのノンフィクションのタイトルだが、ヘミングウェイが考案したカクテルの名前でもあって、かつては黒色火薬をシャンパンで割っていたものだった。現在は製法が異なる。
ガンパウダー茶は、黒色火薬ではないのだが、乾燥させ丸めた茶葉が黒色火薬にみえることから名づけられたようだが、それにしても比喩として、なぜ黒色火薬が出てくるのか。これについては、黒色火薬が飲み物でもあったかもしれないというぼんやりした関連性が浮かび上がる。
ガンパウダー・ラムというラム酒もあって、これはかつて船に積んでいたラム酒が時間がたってアルコール分が抜けていないかどうか確かめるために、黒色火薬をまぜて火をつけた。火が付けば、アルコール分が残っていて酒として飲めるが、火がつかなければアルコール分はなくなっていると判定されたとのこと。この風習が記憶されていて、別に黒色火薬をまぜいていなくても、比喩的にガンパウダー・ラムという名前をつけたラム酒があるとのこと。
ガンパウダーは、薬だけでなく、酒にまぜて飲むものではなかったかという疑念は深まるばかりである。
2025年10月06日
『ヴォイツェク』観劇できず
posted by ohashi at 10:16| コメント
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