ホームタウンに関してナイジェリア政府が「移住や就労を望む若者向けの特別ビザ(査証)を日本政府が発行する」と発表、BBCや英紙ならびにアフリカの現地紙がこれを報道。誤情報であるという日本政府の要請を受けてナイジェリア政府が発表を訂正した。
ホームタウンの意図が、アフリカ諸国にも、また日本国内にも十分に伝わっていなかったために誤情報が発信・拡散され、ナイジェリア政府が、発表を訂正した後も、日本の各自治体の窓口には抗議の電話が殺到しているというのがこれまでの事実経過だろう。
素人の感想を記せば、アフリカ諸国との交流と支援は、望ましいことで、日本の国際的地位も向上するので、大いに促進すべきだと思うのだが、TICAD=アフリカ開発会議にあわせて、JICAが国内の4つの自治体をアフリカの国の「ホームタウン」に認定したことについては解せないことが多い。
国の支援事業に、国内の自治体(地方都市)を巻き込むのかよくわからない。オリンピックの選手団の宿泊・支援場所にするというのならわかるが、文化交流や人材の育成、産業の連携が目的ということなので、移住や移民の受け入れではないとのこと。
今回のホームタウンに認定された自治体は、オリンピックの時にはホストタウンとして、アフリカ諸国からオリンピックに参加する選手・関係者をもてなした。その交流と支援によって今回ホームタウンに選ばれたのだろうが、だったら、最初から「ホストタウン」にしておけばよかった。それをよりにもよって「ホームタウン」と命名するとは。
ホストタウンとする場合、日本なり自治体がホストで、アフリカ諸国からの訪問者を、まさに「いっらっしゃい」「ウェルカム」ともてなす側になる。しかしこれが「ホームタウン」になると、ホストタウンよりももっと親密な関係になる。「いらっっしゃい」から「おかえりなさい」になる。訪問者に、これはあなたたちのものなので自由に使い、あなたの故郷、あなたの実家と思いくつろいでくださいという意味になる。訪問者とネイティヴの境を取っ払うことになる。これは、おもてなしの究極的形態なのかもしれないが、また、日本が四地方自治体をアフリカの一部にすることを容認したことになる。タンザニアの新聞が報じたように、日本が地方自治体をアフリカ諸国に献上したのである。
なぜ、こんなことになったのか。考えられる要因は4つ。
1 JICAはnotoriousな組織である
Wikipediaの「国際協力機構」の項目では「不祥事・騒動」のなかに以下の記述がある:
2025年8月、神奈川県横浜市で開催された第9回アフリカ開発会議(TICAD9)において、「JICAアフリカ・ホームタウンサミット」が行われ、地域活性化や人材交流とアフリカの発展につなげる目的で山形県長井市がタンザニア連合共和国、千葉県木更津市がナイジェリア連邦共和国、新潟県三条市がガーナ共和国、愛媛県今治市がモザンビーク共和国の『ホームタウン』にそれぞれ認定された/このホームタウンを巡って一部の海外メディアが誤解に基づいて報道したことから日本国内で物議となり、該当の各市長らが否定の声明を出したほか、JICAや外務省も該当の報道機関に対して訂正を申し入れる事態になった。林芳正官房長官は26日の記者会見で「移民の受け入れ促進や、相手国への特別な査証の発給は想定していない」と説明した。
ただし、今年になってからのJICAの「不祥事・騒動」はあと一件あって、それもWiklpediaには記載されている。
また私たちの世代(高齢者ということだが)にとっては、青年海外協力隊というのが有名で、現在もJICAのボランティア活動のひとつなのだが、かつては、それは、なにか仰ぎ見るような存在だったが、すでに問題点が多く指摘されている。JICAとその前身の組織にとっても、その歴史は決して誇らしいものではないだろう。そしてその今回のホームタウン事業にJICAがどのようにかかわったのか、まったく知らないのだが、過去の実績からして、今回の騒動に大きな責任があることはまちがいないだろう。ろくな組織ではないのだから。
2 帝国主義
アフリカ諸国が、かつては西欧の植民地帝国主義の犠牲となって苦渋の歴史を経験したことは言うまでもないことだが、では現在のアフリカ諸国が帝国主義から独立を勝ち取った民主的・民族国家となったかというと、そうでもない。すべてのアフリカ諸国がそうだということではないが、現在のアフリカ諸国の政権の多くは、非民主的で権威主義的である。これは帝国主義からの脱却をはかり独立したアフリカ諸国が、その非民主的体制によって、帝国主義を反復・模倣して現在に至るからである。
これはアフリカの人々がみなそうだということではない。現在、パレスチナ人に対するジェノサイドを行なっているイスラエルの政権が、イスラエル人すべてを代表しているわけではないのと同様に、アフリカの非民主的ナショナリズム国家は、アフリカ人の政治的姿勢の代表でも代弁者でもない。だからすべてのアフリカ人=帝国主義的思想の継承者という図式はまちがっているのだが、しかし、同時にアフリカ人のなかに、おそらく西洋諸国あるいは非アフリカ諸国の人間が想像もできない帝国主義的な発想が生まれてくるのも事実ではないだろうか。
今回のホームタウン騒動のなかで、タンザニアが、日本が山形県長井市をタンザニアに献上・差し出した(dedicate)とネット上あるいは新聞で発言した。これに対して日本のネット民が反発して大騒動になったのだが、dedicateはどうとらえても、政治的に穏便で中立的な意味は出てこない。そして驚くべきは、これがかつてヨーロッパにみずからの土地を地域を献上させられたタンザニア人が発する言葉だということだ。植民地化を連想させるような言葉はアフリカ人なら絶対に使ってはいけないと思うのだが、むしろ平気で使っている(まあ被爆国の日本国民は、核兵器の使用を促したり、核武装を推進するような主張は絶対にしてはいけないと思うのだが、しかし、核兵器は安上がりだと語る日本人がいる――だからタンザニアだけを責められないことは承知しているが)。それにしても、いったい今の世界のどの国が、みずからの都市を外国人のために献上するのだ。
そしてもっと質の悪いアフリカ人のサイトでは日本をアフリカ化しようとあおっている。もちろん、そのような愚劣なアフリカ人だけがアフリカ人ではないことは承知しているが、しかし、そのようなアフリカ人がいることはつねに念頭に置くべきであろう。私は国際交流は重要であり、昨今の排外的風潮は絶対に認めないが、ただ、アフリカ人は、その歴史からして、今は民主的な反植民地主義者だと思い込むのは大きな間違いである。
今回のホームタウン事業は、特定のアフリカの国の若者を、特定の地方都市で受け入れ、技能研修によって技術を身に着けたら、2年で帰国してもらう。その間、多くのアフリカ人の若者たちで地方都市も活性化し、また帰国した若者たちは、故国の将来を担う優秀な人材となって日本との懸け橋となるだろう――というのは、悪い計画ではないが、同時に、危険な計画でもある。オリンピックの選手団と異なり、この計画で訪日するアフリカ人は、数のうえでもはるかにまさり、人間的にも、オリンピック選手よりも優れているか劣るかのいずれかであって、オリンピック選手団と同等ではない。しかも2年で帰らないで移民化するアフリカ人もふえてくるだろう。国際交流、国際支援を基本としつつも、この計画は考え直したほうがいいのでは。
もちろんアフリカ人たちのなかでも質の悪い連中には注意せよということだけを私がいいたいわけではない。日本人による援助事業である。ただではすまない。日本人は絶対に利益を出そうとする。日本人のしたたかさを、トランプ大統領は、頭が悪いから完全に見誤っている。トランプのいうことなど日本政府が耳を貸すわけがない。日本人の慈善事業ほどあてにならないものはない。
アフリカでは帝国から独立するとき、どのような国をつくるかについては、宗主国のような国造りを嫌って、社会主義の体制をモデルに選んだ。そのため今もロシアとか中国は、アフリカ諸国との間で強い絆で結ばれているところがある。そこに切り込んでアフリカ諸国と友好な関係を結ぼうとする日本としては、採算を度外視して支援事業を行うことが、アフリカとの良好な関係を確保し、国際的な地位の向上も図れるということだろう。
しかし、遠い将来を見据えた慈善事業のようなことだけを日本が狙っているわけではないだろう。やはりアフリカからの安い労働力を確保したいからではないか。日本の労働力人口は減る一方であるとき、労働力としてのアフリカ人は魅力的である。たとえ彼らから、植民地候補地として日本を見くびられながらも、彼らのご機嫌を取り、彼らを優遇するのは、彼らを労働力として徹底的に活用しようとしているからだろう。結局、日本側も、アフリカ諸国を労働力生産地としてみている、つまり植民地としてみているのであって、アフリカ諸国にいまもなお帝国主義的発想が残っているとしたら、日本側にも、帝国主義的な目でしかアフリカ諸国をみていないのである。
帝国主義よ、永遠なり。帝国主義に国境はない。
3 外国人に弱い日本人
ナイジェリアの大統領府のホームページに「日本政府が移住して生活と就労を希望する若者向けに特別ビザを発行する」などとする誤った情報が一時掲載されたのだが、たとえ、この記載は削除されても、そのように思い込むナイジェリア人はいるだろう。むしろ、そうしたアフリカ人がいなくなったとしたら、なにかよほどのことがあったとしか思われず、誤情報としてすぐさま削除しても、このホームタウン事業が存続しているかぎり、そうした思い込みは簡単に消えることはないだろう。
また今回SNSのせいで、誤解にみちた騒ぎが一挙に広がったとも批判されているのだが、SNSのせいで今回の計画の危うさがはっきりしたことも確かであって、SNS批判派と擁護派との綱引きは、ここでも終わることがない。ただ今回の件で、SNSと地方自治体に電話とかメールで問い合わせ/非難をすることとが連動しているのかどうかわからないが、「移住して生活と就労を希望するアフリカ人の若者向けに特別ビザを発行する」ことが誤報であることがわかったあとでも、地方自治体に文句をいうのは興味深い。SNSはこれに関与しているのか。
安全なところから、自分が攻撃されることもなく、また自分を攻撃できない立場にある者にむかって攻撃を仕掛けるという美しい日本人精神が私は好きである。
そもそも政府の施策である以上、地方自治体に文句をいってもはじまらない。文句をいうのなら政府の省庁や政府機関に対して電話をしメールを送るべきなのだが、そうした話は聞かない。さらには、アフリカの諸国の日本にある大使館や現地の政府機関にメールして抗議すべきである。日本人をバカにするな。誰がお前のところに自分の都市を献上するか。どの国がアフリカの植民地になるか。植民地から解放され独立した国が、ほかの国を植民地化するような事業に賛成するな……。
と、まあこうしたことを、さすがに現地語で伝えることのできる日本人は数が少ないと思うのだが、英語なら伝えられるだろう。英語で、日本にある大使館に、あるいは現地の政府機関に批判の言葉を伝えるべきであろう。別にたどたどしい英語でもいい、AIによる翻訳でもいい、とにかくどんどん発信すべきである。そうすれば、日本人の批判精神が、あるいは憤怒が伝わると思うし、日本政府やJICAだけが日本人の意志を代弁しているのではないこともわかるだろう。
おそらく、そのようにして英語で怒りを伝えている日本人もいると思うのだが、しかし話題になり報道されるほど数は多くはないのだろう。国内の地方自治体の罪もない職員に対して居丈高になって非難し、自治体の業務を滞らせても、なんの意味もない。意味もないどころか、アフリカ諸国をはじめ諸外国からみれば、お笑い草である。移民が増えるのを憂いたり怒っている日本人がすることとは地方自治体の職員を困らせることだけ。こんな日本人は怖くもなんともない。それこそ、大挙して押しかけ、移民となって、日本を乗っ取ってもいいだろう。日本の植民地化だ。外国人に対しては何も言えない、この愚かな国民は、早晩、アフリカ人の帝国主義に屈するだろう。大丈夫、彼らは日本人は抵抗しない。反撃できない弱い相手をみつけて、いじめるだけの卑屈な国民なのだから。
4 AIの所業
外国との交渉というかやりとりは、いまやAIの手を借りて行われるのが常態化しているのではないかと推測する。ましてやアフリカ諸国との交渉の場合、英語やフラン語で通用することが多かろうが、それでも現地語を介しての交渉・通達なども行われるはずで、交渉や事業の促進のためにAIはかかせないのでは。
そのAIが今回の食い違いを生んだのではないか。日本側が今回の事業の説明をAIを介して行なうとする。相手側は、AIを介して情報をえるのだが、その情報はAIによって盛られている。
つまり情報の受け手が判断しやすいように、情報の諸前提なり諸帰結をAIが勝手に解釈して、オリジナルの情報に付け加えたとしたら。つまり日本側のホームタウン事業について、そもそもホームタウンという名称自体異様であるため、翻訳の過程で、AIが「移住して生活と就労を希望する若者向けに日本政府が特別ビザを発行する」ということを、当然の前提もしくは帰結として追記してしまったとしたら。結局、このような誤情報を流したのはナイジェリア政府でもなければ、ナイジェリア人のなかにある帝国主義的無意識でもない。ただAIによる翻訳と解釈をうのみにした結果ではないだろうか。
そうなると、今回、この記事で書いてきたことは、すべてAIのせいである。JICAのせいでもなければ、残存する帝国主義思想でもなければ、日本人の移民嫌い・外国人嫌いでもなくて、ただAIのせい、もしくはAIを使いこなせなかった人間のせいということなる。
なんという寝ぼけたことを叱られそうだが、私としてはこのAIによる陰謀ではなく自然な操作によって生じた食い違いという結論が、一番恐ろしい。AIは人間が望むものを出してくれる。人間が望むものを出す下僕としてのAIが人間を支配してゆく。ヘーゲルの主人と奴隷の弁証法は、AIの登場を待って新たな段階に入ろうとしているのではないだろうか。
