2025年07月30日

軍用機YS-11

乗りものニュース
「戦後唯一の国産旅客機」YS-11、実は名機? 売れ行き&使い勝手もイマイチ…でももっと評価されていい!
相良静造(航空ジャーナリスト) の意見 • 2025年7月28

定期便就航から60年
 戦後唯一の国産旅客機「YS-11」は1965年に定期路線へ就航し、2006年に引退しました。 【中略】
 YS-11は元々1945年の敗戦後に日本の経済復活を目指す一環として1956年に開発が打ち出され、1962年8月30日に初飛行しました。(中略)2006年9月30日に日本エアコミューターの沖永良部~鹿児島線をもって国内定期旅客便から姿を消しています。
【中略】
 YS-11は実用機として名機だったか否か――。評価の前にそもそも「名機の条件」とは、がありますが、ごく簡単に考えると、安価で大量生産された・使い勝手が良く使用者に好評だった・乗客に親しまれ有名だった、という要素が考えられます。YS-11の総生産数は182機。世界の旅客機の中で決して多くなく、事業的にも赤字で幕を下ろしてしまいました。

 使い勝手が良かったかというと、回顧や記録に様々な評価がある中で、航空会社にとって手間のかかる機体だったことが伺えます。一例を挙げると雨水による水滴漏えいの改善や操縦室の暖房の効き具合が良くなかった、などです。反面、短い滑走路でも使える離着陸性能は良かったとの評価も残っています。

なぜ「低評価が優勢」なのか?
 こうしたネガティブな評価には、YS-11は元々、戦前戦中に欧米機に負けない旧陸海軍機を手掛けた設計者たちを集めた開発体制だったことから、大きな期待がかかった末の反動だったこともあるでしょう。YS-11は「飛行機はつくれるけど旅客機はつくれない」と揶揄されたこともあります。そのようななかで名機と言ってよいのか、との考えが浮かび上がってきます。

 ただ、回顧と記録のどちらからも感じられるのは、YS-11を育てるため開発陣も航空会社も、それこそオール・ジャパンで「苦楽を共にした」ことです。

 敗戦により日本が豊かさを取り戻していない頃に、YS-11を戦勝国である米欧の旅客機に負けないように育てよう、輸出し「メイド・イン・ジャパン」を世界へ広げたい意欲が見られたことです。昭和に流行したスポ根アニメで描かれた「血と汗と涙の結晶」や「チーム力」にイメージが重なったことも背景にあるかもしれません。改善を重ねて立派な旅客機に仕立て上げることで、メーカーも航空会社も知識と経験を蓄え成長した――。そういった意味では「一心同体」に似た思いもあったことでしょう。

 いささか日本人好みの判官贔屓と思うものの、こうした「ストーリー」もあり世間で親しまれたことを思えば、YS-11は名機と言ってよいと思います。

 そして、「これから」へYS-11をどう語り継いでいくのがよいのでしょうか。旅客機の開発はメーカーが主体と思いがちですが、ユーザーである航空会社も当初から関わってきます。航空会社を抜きにして旅客機は完成しません。これは業種の「結集」を意味します。この結集が日本の工業力を強くするのは今も変わりありません。「結集」の事例としてYS-11を「名機」として語り継ぐのが良いと筆者は考えています。

今年のくだらない記事の筆頭にあげたいくらいの記事で、YS-11を名機とする結論ありきの文章。まあ短い記事のなかに、いろいろな話題を詰め込むのは至難の業なので、その点は評価したい。

ただしWikipedia日本版の「YS-11」の項目におけるかなり長い記述を読むと、上記の記事が要約にもなっていないことがわかる。

私自身も上記の記事について要約にもなっていない要約を披露すると。名機の条件をならべて、実はそのどれにもYS-11は適合しないことを正直に認めたうえで、でも名機だったともちあげる。それはみんなで頑張って作ったからだ。オール・ジャパンで苦楽を共にする――なんとまあプロジェクトXの安っぽい演出、安っぽいドキュメントの世界であることよ。

私からの反論はひとつだけ。私はYS-11に乗ったことがある。東亜国内航空のローカル線。一度だけ。一度でこりごり。二度と乗ろうとは思わなかった。この記事を書いた人間に問いたい。お前はYS-11に一度でも乗ったことがあるか? 乗ったことがあるのなら、本気でこの記事を書いているのか?と

開発の遅れで全日空が購入したのはフォッカーのフレンドシップだったが、これは高翼配置の機体で、翼にターボプロップのエンジンをぶら下げていた。客席からの見晴らしはよいかもしれないが、エンジン音を遮る翼が下にないので、エンジンの轟音が地上にもろに伝わり、地上からはうるさい飛行機ではなかったかと推測する。ただし、フレンドシップが日本の空を飛びまわっていた全盛期に私はまだ子供だったので、その姿を直に見たことはなかったし、乗ったこともなかったので、エンジン音のことなどすべて推測である。

フレンドシップに対してYS-11は、低翼で、翼の前方にエンジンを乗せる形式をとっている。見晴らしは悪いが、エンジン音が翼に遮られるので、地上からは静かな航空機ではなかったかと推測する。だがたとえ地上からは静かな機体だったとしても、機内では、キーンという高音のエンジン音(黒板を釘でひっかいたような不快音)がもろに伝わってきて、吐き気をもよおすほどだった。ローカル線だったので長時間乗っていたわけではないが、それでも、もうこの不快なエンジン音にはギヴアップ、我慢の限界で助けてくれと叫び出しそうになったときに、目的地の空港に到着した。

これに懲りて二度と乗るかと思ったのだが、別の機会、これも東亜国内航空のDC-9に乗ることがあった。後方の窓際の席で、窓から外を観ると、胴体尾部についているジェットエンジンの先端がみえる。え、ジェットエンジンのすぐ横の席になったのかと絶望した。YS-11の時の経験を踏まえると、私にはジェットエンジンの轟音に耐えられる自信はなく、ただただ絶望しかなかった。

しかし飛行するとDC-9のジェットエンジン、びっくりするくらい静かで驚いた。エンジン音そのものが抑えられているのか、あるいは防音がしっかりしているのか、私には判断できなかったが、ただ高音の不快なエンジン音はまったくなかった。

つくづくYS-11のあのうるさい、機内にも響き渡る、発狂しそうになるエンジン音はいったいなんだったのかと思う。

結局、YS-11は戦争中に軍用機を使っていた技術者が、戦後作った軍用機(たとえみかけは旅客機だとしても)なのだ。旅客機をつくるところのノウハウはまったくない。いやなくとも、旅客機だから、客室の静粛さを保つべきくらいのことは考えてもよさそうなに、そうした発想は1ミリもない。軍用機だから乗り心地など関係ない。戦時中の輸送機で兵隊を運ぶとき、キャンバス布の折りたたみ椅子でも用意しておけばよく、エンジン音がうるさければ耳栓でもしてろといった発想なのだ。しかもそうした機体を一丸となって作っている。いくら航空性能がよくても、乗客のことを考えていない戦闘機・軍用機では話にならない。

なにか名機だ。なにが「結集」だ。YS-11は最初から軍用機としてつくられた旅客機だった。
posted by ohashi at 21:05| コメント | 更新情報をチェックする