2025年07月14日

引用は引用

アマゾンの書評で、次のような発言をみつけた。何をトンチンカンなことを言っているのかと、唖然とした。
他人の言葉を引用するとき、小心者の私は、いつもある種の不安を覚えます。
引用である以上、著者が言っていることを正確に書き記さなくてはなりません。他方で引用は、常に要約であらざるを得ない。他人の言葉を、自分の言葉に置き換えつつ、他人の言葉として表現する必要があるのです。

この人、自分で言っていることがよくわかっていない。老人が気づかずに逆走しているようなもので、だいじょうぶかと心配になる。夏バテかもしれないのだが、記事は6月2日なので、猛暑の前。あるいは、レヴューをアップするときに、なにか文言が消えてしまって、変な内容になったのかとも思うのだが、これはいったい何なのだ。

「引用である以上、著者が言っていることを正確に書き記さなくてはなりません」というのは、そのとおりだろう。ところが次の瞬間「他方で引用は、常に要約であらざるを得ない」とある。〈著者が言っていることを正確に書き記す〉ことと〈引用が常に要約となる〉こととはどう両立するのだろう。

そもそも引用と要約とを同一視することはできない。あるいは引用しようとして要約になってしまうとはどういう脳の働きなのだ。

他人の言葉を〈引用〉するときに、その言葉を絶対にいじってはいけない。もちろん、やむをえない事情で、一部を省略することはあろう。あるいは悪意をもって意味をねじまげるような省略がおこなわれることもあろう(いわゆる切り取りというやつである)。しかし要約ではない。要約ではないからこそ、悪意の切り取りが有効になる。最初から要約だったら、要訳者の意図が入り込んでいるだろうと警戒されるのだから。

ただ、バカな国語学者というか国語学会では要約も引用の一部と考えているようだ。「直接引用」と「間接引用」という分類法を考案している(英語の直接話法と間接話法からの類推か)。国語学が勝手に分類を考案するのはいい。問題はそのような分類によって、間接引用という二次的な引用が本筋と勘違いするオ****が出てくることである。「他方で引用は、常に要約であらざるを得ない。他人の言葉を、自分の言葉に置き換えつつ、他人の言葉として表現する必要があるのです」という、こういう救いがたいトンチンカンなことをほざくオ****がでてくるのだ。てめえ、豆腐の角で頭をぶつけて死んでしまえ(いや、新聞紙を丸めて飲み込んで死んでしまえ)。

間接引用の例:

1-1  聖書のヨハネ伝には、はじめに言葉があり、万物は言葉によって成ったとあるが、私には最初、それが何を語らんとしているのかわからなかった。

という一文で、下線部は、ヨハネ伝の文言(あるいは翻訳文)そのままの引用ではなく、要約・編集して「私」が示したものである。この場合、下線部を間接引用と記述してもよいのかもしれない。ただし間接引用というのは、専門用語で一般にはなじみのないものであって、この例は、聖書の文言について言及あるいは文言を参照していると語ることができる。

本来なら出典を明示して

1-2 聖書(新約聖書)の「ヨハネによる福音書」には「初めに言(ことば)があった。……万物は言(ことば)よって成った」(1:1,1:3)と述べられているが、私には最初、それが何を語らんとしているのかわからなかった。

となる。本来このようなかたちが望ましいのだが、堅苦しい感じがしたり、厳密すぎる感じがするために、1-1のようなかたちもゆるされるだろう、つまり間接引用となるのだが、ただ、間接引用はできるかぎり直接引用に近づけないといけないのはいうまでもない。なお引用文は新共同訳聖書より。

そもそも「引用」は「要約」とは区別されているのであって、引用=要約というわけのわからない考え方は、やめるべきで、国際的にもそれは通用しない。ちなみに、以下は、ネット上にあった、quotationという英単語の用例である。

2-1 Her speech was larded with literary quotations.
     彼女のスピーチは文学作品からの引用で飾りたてられていた。
2-2 The title is a quotation from Shakespeare.
     この書名は、シェイクスピア作品からの引用である。
2-3 He gave me a book of funny quotations.
     彼は私に、滑稽な引用を集めた本をくれた。

いずれの場合も、引用を要約で置き替えたら、まったく意味がとおらなくなる。

引用が要約とは違うことは、むしろ、誰もが知っていることだろう。引用では、絶対に、引用される他人の言葉を要約・編集などしてはいけない。省略することがあっても、内容や主旨が異なるようなことはしてはいけない。【ただし引用でなければ、他人の言葉を要約・編集するのは問題ない。】

ある批評家は、引用個所は、治外法権が適用される聖域であると述べたことがある。その連想でいえば、引用個所に手を加えたり、要約の名を借りて改竄することは基本的人権を踏みにじるようなものである。ちなみに、最初に引用したオ****のペンネームは「憲法マニア」。引用は要約だと!? それは基本的人権を踏みにじってもよいということであって、それを「憲法マニア」が言うとは。おそらく「改憲マニア」なのだろう。

付記:要約がだめであるということはない。要約であると断れば、つまり自分の意見や言葉ではなく、他人の言葉を要約したものであることがわかれば、まったく問題ない。
posted by ohashi at 14:05| コメント | 更新情報をチェックする