2024年04月22日

「タメィロゥ」

ネット上で次の記事が目に留まった。
まいどなニュース
「タメイロゥ」英語の授業で流暢な発音したら笑われた…悔しい思い出を商品名に トマト農家のアイデアが話題 まいどなニュース の意見 2024年4月22日

トマト農家の恨みがこもったポップがX上で大きな注目を集めている。

「5月からタメィロゥの販売がはじまります。」と一枚の写真を紹介したのは新潟県新潟市のフルーツトマト農園「曽我農園」のX公式アカウント(@pasmal0220)。

「中学生の頃、英語の時間にトマトを『タメィロゥ』と流暢に言ったら皆に笑われました。思い出したら悔しかったので現在商品名を『タメィロゥ』にしています。」と高濃度海水栽培のフルートトマトを紹介するポップ。商品の魅力よりも生産者の熱い思いが伝わりすぎるこのポップに、SNSユーザー達からは
「同じく中学生の頃、イーグルを『イーグォー』と流暢に言ったら皆に笑われて悔しかったことを思い出しました。応援しています。」【以下略】

これに対して

「ちなみに、英語の発音マニアの観点から言いますと…Tは母音(a.e.i.o.u)にはさまれると『L』の発音に変わるんです。なので、曽我農園さんの発音めちゃくちゃ完璧です!」

というコメントも寄せられているようで、まったくその通りなのだが、これに対する私のコメントを書く前に、さらにこの記事のなかの以下の記述が気になった。

生産者さんに聞いた
曽我農園の代表に話を聞いた。

――当時「タメィロゥ」と流暢な発音を披露しようとされた経緯をお聞かせください。

代表:中1で初めての英語授業の際、知っている英単語を言いましょうというのがありました。その時、両親がトマト農家だった私は流暢に発音しましたが、先生含め生徒のほとんどに笑われた記憶があり悔しかった思い出があります。

代表の回答はこれだけ。なぜ「タメィロウ」という発音ができたのかは答えていない。じつは以前、テレビ朝日の『激レアさんを連れてきた』でも紹介された人だと記憶するのだが、そのときも、なぜこの発音ができたのかはわからなかった。

【2021年11月20日テレビ朝日系列『激レアさんを連れてきた』トマト嫌いの曽我新一が金賞受賞!「トマトによって人生がめちゃくちゃになり、トマトを一切食べられないにもかかわらず、トマトを育てて金賞を獲得した曽我新一(ソガシンイチ)さんです」のなかでも、この発音の件は、取り上げられていた。】

tomatoは、英語(アメリカ英語)でゆっくり発音すると「トメイトゥ」となる。ただし「Tは母音(a.e.i.o.u)にはさまれると『L』の発音に変わる」というコメントにあったように、ゆっくり発音しない場合は「トメイロウ」となるのだが、発音をこのようにカタカナ表記にすると「タメィロゥ」がもとの英語の発音に近くなる。

ただし、これはアメリカ英語の特徴で、イギリス英語では「タメィロゥ」とは言わない。イギリス英語では「トマートー」という。ただし日本の英語教育は、基本的にはアメリカ英語だが、発音まで、こてこてのアメリカ英語にすることは求めていないので、「タメィロゥ」は違和感があったのかもしれないが、しかし「タメィロゥ」という発音は原音に近いので、賞賛されこそすれ笑われるというのはおかしいといわざるをえない。まあイギリスだったらおまえはアメリカ人かと言われるかもしれないが。また曽我氏は、なぜ「タメィロゥ」という発音ができたのか、その理由はわからない。

発音については、やはりいろいろな規則を教えないといけないと思う。

たとえば日本語の「を」を日本人でも/WO/と発音するバカがいる。歌手などで「を」を/WO/と発音している無知な人間がいるが、日本語の「を」の発音は、日常会話では母音の/O/である。「これをください」というのは「これOください」と発音するのであって、「これWOください」と発音しない。「翼をください」は「翼Oください」であり、「あなたを愛しています」を、「あなたWO愛しています」とは発音しない(とはいえ「を」は絶対に「O」と発音せよということではなく、「を」を「Wo」と発音してもいいのだが)。

「Tは母音(a.e.i.o.u)にはさまれると『L』の発音に変わる」という規則について、私が英語を学び始めた中学生のころは知らなかったが、当時、英語の教科書にでてくる単語とか文を英語母語者が発音しているテープ、教材のテープを聞いたとき、Yes, it isが私には「イェス、イリーズ」と聞こえて困ったことがある。「イェス、イティーズ」ではないかと思ったのだが、私の耳には「イェス、イリーズ」にしか聞こえない。このことについて誰も質問しなかった。私の耳がおかしいのか、真剣に悩んだことがある。私の空耳なのかもしれないとその時はというか長らく諦めていた。空耳ではなかったとわかったのはずいぶんのちのことである。

また先の引用で、「同じく中学生の頃、イーグルを『イーグォー』と流暢に言ったら皆に笑われて悔しかったことを思い出しました。応援しています。」というコメントがあったが、Lの発音にはlight Lとdark Lがあるというのは、大学に入ってから初めて知ったことだった。Lは単語の頭(プラス母音)あるいは中(プラス母音)の場合、日本語の「ラリルレロ」と同じ発音になるが、語尾になると「ウ」「オ」に近い発音となる。つまりlightとかleftとは「ライト」「レフト」と発音するがtableは「テーブル」ではなく「テーボゥ」となる。Michaelは「マイケル」ではなく「マイコー」となる。したがってeagleは「イーグル」ではなく「イーグォー」となる。

ただし「タメィロゥ」には、まだ徹底されていない発音規則とは別の問題というか違和感があるかもしれない。

というのもTomatoはアメリカ英語とイギリス英語では発音がちがう。アメリカ英語ではTomatoのmaは「メイ」と発音するのに対してイギリス英語ではmaは「マー」と発音する。そもそも、コロンブスの新大陸への航海以後、ヨーロッパにもたされて全世界にひろがったものがある。梅毒を除くと、それは三つ。「トマト」に「タバコ」に「ポテト」である。

TomatoとTabacoとPotato。TabacoとPotatoとは発音に違いはない。またPotatoはアメリカ英語では、「パラロ」とはならないくて、しいて言えば「パテイロ」となる。ところがTomatoに限って発音がわかれるのはどうしてなのか、よくわからない。

それはともかく「タメィロゥ」というのは、すでに述べたようにこてこてのアメリカ英語である。アメリカ人でもないのに、いかにもというようなアメリカ英語を話すのに抵抗があってもおかしくない。

小島信夫の短編「アメリカン・スクール」(芥川賞受賞作?)では、戦後まもなくのことだが、日本人の英語教員で、英語をかたくなに話さないという人物が登場するのだが、その理由として、英会話は苦手だとか、英語の発音がうまくないから英語で話すのは恥ずかしいというような、もっともな理由ではなくて、英語を話すと日本人でなくなるような気がするという、異様な理由だった。ほんとうの理由を隠す負け惜しみのような理由だろうと思ったのだが、いまとなってはわからぬことはない。

というのも英語は国際語であるのだが標準化されていない。たとえばイギリス英語とアメリカ英語という大きな違いがある。その際、自分がどちらの英語を話すのかで選択を迫られる。できればアメリカ英語でもないがイギリス英語でもない、そんな抽象的な、ローカルではない英語を話せたらいいのだが、そのような選択肢がない。となるとアメリカ人でもないのにアメリカ英語を話すか、イギリス人でもないのにイギリス英語を話すかという究極の選択しかない。もちろんネイティヴでもない日本人だから完璧なアメリカ英語を話せるわけがなく、アメリカ人に間違われる、あるいは日本人というアイデンティティを失うようなアメリカ人化するという心配はまったくないと言われれば、そのとおりなのだが。

これはネイティヴではないのにネイティヴにまちがわれそうな英語を話すこと、あるいはそうした人物に対する抵抗とか違和感につながることかもしれない。「タメィロゥ」という発音は、日本語を学んでいる、日本語を話す外国人が、関西弁で話すようなものである。関西ネイティヴであれば、べつに問題ないのだが、そうではない外国人が、関西弁(あるいは日本各地の方言のどれか)を話すことには違和感を超えた抵抗感のようなものがある(なおこれはアメリカ英語が英語圏では関西弁のようなものということではない。日本語の関西方言にあたるものは、英語圏では、どちらかというとイギリス英語である)。

日本人が英語を話すことで日本人でなくなるということはないと思うが、これはアメリカ人でもないのにアメリカ英語(下手な)を話すことへの恥ずかしさややましさの裏返しとみるべきものかもしれない。この点はまだまだ考えなければいけないことが多くあるのだが、ひとまずここでは、発音の規則みたいなものを、明確に教えた方がいいことを主張しておきたい。ネイティヴの発音に近い発音を心がけているものを笑ったり排除するような愚をおかさないためにも。

【追記:Wikipediaの記事「ポリアンナ(Pollyanna)は、米国の小説家エレナ・ホグマン・ポーターによるベストセラー児童文学シリーズ、およびその主人公(架空の人物)。フルネームはポリアンナ・ホイッティアー(Pollyanna Whittier)。そこから転じて「極端に楽観的な人物」を意味するようになった。日本ではパレアナとも表記。以下略」とあるのだが、当然のことながら「パレアナ」のほうが原音に近い。

Pollyannaを「ポリーアンナ」ではなく「パレアナ」と表記した村岡花子の英断は高く評価すべきだが、その後、「ポリーアンナ」となって現在にいたる。「タメィロゥ」が消え、「トマト」となったようなものである。表記は原音近似主義に徹してはどうか。「トマト」とか「ポリーアンナ」という発音では国際的に通用しないので。】
posted by ohashi at 12:55| コメント | 更新情報をチェックする