曙 太郎氏がなくなった。心不全で東京都内の病院で死去というニュースがあった。死ぬには若い。冥福を祈りたい。
私は相撲については無知でなおかつとくに興味もないのだが、曙関については、その現役時代には、私の知人の女性たちにファンが多かったことを記憶している。
たとえば今は亡き竹村和子さんは、曙のファンだと私に話してくれたことがある。まあ亡くなった方のことなので、これを読まれた方に、その真偽を証明できないのだが、ただ、私はそう聞いたとき、そんなものかととくに気にも留めなかったのだが。
曙関の死のニュースの後、その生涯と功績を振り返る映像がテレビにあふれた。それをみながら、また過去に曙関がインタヴューに答えている映像をみると、その流ちょうな日本語、中身のある内容、丁寧かつ真摯な物言いと物腰、どれをとっても優れた知性と感性をにじませるもので、気は優しくて力持ちという横綱として、愛されるキャラクターであったことを今初めて知ることになった。善人は早死にする。
女性のファンが多くても何の不思議でもないと認識をあらたにしたのだが、とくに驚いたのは、現役時代に、日本に帰化して日本国籍を取得していることである。来日して力士になった人たちにとって、それが珍しいことなのか、ふつうのことなのか私にはわからないのだが、とにかくその日本語を聞いて、この人がハワイ出身だとは日本人には信じがたいことである。
6年か7年、アメリカにいて、いまも通訳を使っている大谷翔平とはえらい違いである。
もちろん大谷翔平は日本とアメリカを往復する生活を送っているのだろうが、ただアメリカでプレーしているのだから英語によるコミュニケーションは必須である。もちろんアメリカにいれば1年や2年で英語で話せるようになるなんてことはないのだが、6年だぞ。
しかし大谷翔平が頭が悪いとは思わない。また英語でのコミュニケーションに対する意識が低すぎるとは思わない。問題は通訳がいたこと。しかも、その通訳が、大谷の年俸に近い金を大谷の口座から盗んでいたことが発覚した。これが大谷の英語力とも関係しているといいたい。
おそらく大谷は普段は英語でコミュニケーションしているのだと思う。日本人コミュニティーに閉じこもっているのではないかぎり、アメリカで仕事をしている大谷が英語を話せないわけがない。6年もいて。
通訳の水原一平の存在が大きい。違法賭博事件については、報道の初期には、水原の証言によって、違法賭博での借金を大谷が自分の口座から支払ったということになった。この証言を水原はすぐに撤回するのだが、大谷は、みずから賭博に手を出してはいなくとも、通訳が違法賭博に手を出したことは知っていて、借金を払ってやったというのはありえない話ではない。むしろ水谷ののちの証言よりも最初の証言のほうが信ぴょう性が高いように思われた。
しかし水谷の証言におかしなところがある。6年アメリカにいても通訳を使っている大谷が、自力で、自分の口座から送金できたのだろうかという疑念。この疑念は、大谷はできたのだと証明されれば払拭されるのだが。次に、アメリカで銀行の口座をつくるときには通訳が同行してそこで通訳も口座についての情報を得たという可能性も報道されたとき、なにか納得できたような気がする。
私もイギリスで銀行の口座を開いたことがあるが、その時、本人認証のための情報として、あなたのお母さんの結婚前の名字surnameを教えてくれといわれ、予想もしなかった質問だったので、質問を正しく聞き取れているかどうか自信がなくて、聞き直したことを記憶している(母親の結婚前の名字というのは、その後、日本でも本人認証の情報として使われることを知ったのだが)。もしその時通訳がいたらどうなのだろう。銀行側として通訳でなく本人から答えを得ようとして通訳にはわからないような伝達手段をとるかもしれないが、しかし、通訳は意図しなくても本人認証の情報を得てしまうかもしれない。またそれも含め通訳に諸手続きをまかせっきりというのは渡米直後はありうることである。
となると大谷が水谷の借金を肩代わりして自分で送金したというのはまっかな嘘ということになる。犯行の手口はまだつまびらかにされていないが、水原が大谷になりすまして大谷の口座から何回も送金したことは確かなようだ。
そしてこうなると、これまで水原あるいは水原・大谷関係において美談のごとく語られてきたことは、すべて詐欺と窃盗行為の一部であったことがわかる。
そもそも通訳が有名になること自体おかしい。これまでもアメリカのメジャーリーグでプレイするようになった日本人選手は何人もいるわけだが、当然、通訳もいただろうが、通訳の名前も顔も一般に広く知られることはなかった。それが水谷一平の場合は、大谷人気もあってか、名前も顔をよく知られるようになった。大谷のメジャーデビューを円滑にしチームメイトとの関係を良好にするように腐心し、なおかつ大谷にとってかけがえのない友人であり、キャッチボールの相手さえしたという麗しいエピソードが、これですべて詐欺のために、大谷を囲い込むための策略であったことになる。
いやキャッチボールの相手をしたということ自体、なにかおかしいと疑ってしかるべきだったのかもしれない。常に大谷に傍にいて球団やチームメイトのコミュニケーションを円滑にした水原の美談は、大谷を囲い込み、大谷の窓口になることで、大谷をコントロールする策略であり、球団と大谷とのコミュニケーションを阻害するものだったという悪しきエピソードへと転換する。
もちろん水原が最初からすべて計算してのことだったどうかわからない。そもそも大谷の通訳だから、もし借金がかさんでも大谷が肩代わりしてくれるだろうという思いが違法賭博の胴元の側にはある。大谷からの肩代わりを見込んで胴元側が水原に接近した可能性もある。大谷になりすます方法とか大谷の口座から送金する方法なども胴元から指南された可能性がある。
また大谷が違法と知りつつ肩代わりしたら、ペナルティとして出場停止処分になるかもしれず、アメリカ野球でスーパースターになったこの日本人選手の足をひっぱることができるかもしれない。さらに水原にお金の管理をまかせて多額の送金にも気づかなかった大谷のずさんさがアメリカ社会で批判されるようになれば、これもまた彼の足をひっぱるよいきっかけになる。その意味で、水原は利用された可能性もある。彼は被害者だったのかもしれない。
とはいえ水原のついた嘘の悪辣さ、また賭博の借金の額の多さからしても、彼が一方的な犠牲者だとは考えづらい。これまで賭けで水原よりも多額の借金を作った人物はたくさんいるようだが、それでも62億の円の損失は大きすぎるし、また自分の金ではなく盗んだ金での賭けとなると同情の余地も救いようもない。
これで大谷は免罪というか無罪になったようだが、これだって、作られたシナリオかもしれない。またそうでなくとも、大谷の契約--10年総額7億ドル(約1073億円)でドジャースと契約、そのうち97%が後払い--というのは、理由はよくわからないが、アメリカの税務署は頭にきていることはまちがいない(節税対策だとも実際に言われている)。大谷に対しては第二、第三の矢が放たれるかもしれない。