凄腕エージェントのアーガイルが世界中を飛び回り、謎のスパイ組織の正体に迫る大人気スパイアクション小説「アーガイル」。ハードなシリーズの作者エリー・コンウェイの素顔は、自宅で愛猫のアルフィーと過ごすのが至福の時という平和主義。しかし、新作の内容と実在するスパイ組織の活動がまさかの一致で、エリーの人生は大混乱に!
物語の続きをめぐり命が狙われる事になった危機的状況をエイダン(サム・ロックウェル)と名乗るスパイに助けられる。
果たして、出会うはずのなかった二人と一匹の猫の危険なミッションの行方は…?!
新作の内容と物語の続きがどうして一致するのか、どんなからくりがあるのか、どんな仕掛けになっているのかと思ったが、これについてはきちんと説明がなされた。この種の設定の映画が多いので、類似の作品を指摘するだけで、ネタバレになってしまうので、慎重に、また知名度の低い作品を指摘すれば、この『アーガイル』は、『ロング・キス・グッドナイト』(1996)と同じ設定である。というかよく似ている――監督も承知の上のことだろう。この『ロング・キス・グッドナイト』は、公開当時はアメリカでも日本でもあまりヒットしなかったようだが、観ると面白い映画で、いまは評価が高い。『アーガイル』に出ているサミュエル・ジャクソンがジーナ・デイヴィスとW主演。
私の個人的な感想を先に述べれば、主演のブライス・ダラス・ハワードを観ることができて、これほどうれしいことはなかった。いまでこそ、『ジュラシック・ワールド』シリーズの顔というよりもレギュラーとして覚えられている彼女だが、2000年代には、『ヴィレッジ』(ナイト・シャマラン監督2004)とか『マンダレイ』(ラース・フォン・トリア監督2005)では主役だったし、同じくナイトシャマラン監督の『レディ・イン・ザ・ウォーター』(2006)ではタイトルになっている水の精だった。
しかし、その後は、アクあるいは癖の強い役あるいは悪役を演ずるようになり、『ゴールド/金塊の行方』(2016)では体格のいい胸が大きいだけのバカ女を演じていたし、『ロケットマン』(2019)では、エルトン・ジョンの、体格のいい胸がでかい鬼母を演じていて、まあ、これからこういう役をつづけるのかとも思った――『ジュラシック・ワールド』(2018)での活躍とは別に。
ただ私がブライス・ダラス・ハワードを初めて知ったのは、シェイクスピアの『お気に召すまま』の映画化作品であった。ケネス・ブラナー監督(本人は出演していない)の映画で、日本を舞台にした翻案作品(台詞はシェイクスピアのそれ)だが、日本では公開されずDVD化もされなかったはずだ。私はアメリカ版のDVDで観た。その映画で彼女はロザリンドを演じていた。主役である。【ちなみにシェイクスピアの原作ではロザリンドに一目ぼれしたオーランドーが、木の幹にロザリンドの名前を刻むのだが、この映画版ではなんとカタカナで「ロザリンド」と刻まれていたと記憶する。幕末から維新にかけての日本が舞台なので】
以後、ブライス・ダラス・ハワードの出演作は気づいた範囲で観ていたのだが、この『アーガイル』は彼女の二度目のブレイクといってよいのでは。しかもトラブルに巻き込まれる独身の女性作家という役どころは、いままでの彼女の役柄になかで、好感度トップのそれではないだろうか。しかも正直言っていまなお太めの彼女も、それが目立たない格好をしていて、少女らしさを強調しているようにも思われる。
ただ後半、残念ながら、せっかく目立たないような服装をしていた彼女も、設定上、その太めの(ごめんなさい)体を露出させずにはいられなくなる。そして、そこからがすごくなる。もちろん彼女の性格の変化あるいは二重性も見どころのひとつだが。
正直いってスタイルもよくないというよりも、大柄でドラム缶のような体型の彼女、しかも若くもない中年の女性である彼女が、サム・ロックウェル(俳優の実年齢は52歳)と、それも、たとえば『リチャード・ジュエル』に登場したような辣腕弁護士のような役がよく似合い、肉体派とはほど遠いサム・ロックウェルと、アクションシーンを演ずることになる。この中年の、ともに体型的にもむりすぎる、オバサンとオジサンのアクションシーンは、瞠目すべき驚異のパフォーマンスとなっている。おふざけがすぎると怒る観客がいるかもしれないが、私は、なんであれおふざけは大好きであり、二重に見えるというこの映画のテーマを考慮すれば、このアクションシーンも、性的な含意とか年齢を超越する若さへの夢として重層的にとらえることができる。たとえば、このアクションシーン、この女性作家にとってみれば、父親と母親の束縛と管理と洗脳から逃れようとする精神的な戦いと二重写しになっているといえる。
マシュー・ヴォーン監督は本作を、『ダイ・ハード』とか『リーサル・ウェポン』といった1980年代のアクション映画へのオマージュだというようなことを語っているようだが(ちなみにアーガイルというのは『ダイ・ハード』に登場するリムジンの黒人運転手の名前でもあるのだが)、たんなるノスタルジックなオマージュというよりも、変わり種ながら主流作品とみなされるようになったアクション映画を反復実践しつつ、それへのメタコメンタリーにもなっているのではないか。たとえば『ダイ・ハード』が筋肉ムキムキのスーパーヒーローではなく庶民的な脆弱な身体の男性による知力と体力をかけてのアクションを展開して大ヒットしたとすれば、『アーガイル』も攻撃的なまでの脂肪と筋肉を誇示する身体のブライス・ダラス・ハワードによるアクションを展開することによって、たとえおふざけでも夢物語でも、従来にないアクション映画の新たな局面を開拓したのではないかと思われる。
本来なら不利にはたらくブライス・ダラス・ハワードの驚異の身体の奇跡を私たちは目に焼き付けるべきである。
【追記:床一面に広がった原油の上を、急ごしらえのスケート靴を使って滑ることはできません。スケート靴のエッジが床に傷をつけるだけです。むしろふうつの平底の革靴だったら、スケートの心得があるのなら滑ることができるのかもしれない。】