2023年06月26日

『リバー、流れないでよ』

ヨーロッパ企画の芝居を、KAATでたまたま観る機会があって、それ以後、公演の度に出かけていた。コロナ禍で私の観劇体験は途絶えるのだが(基礎疾患のある老人には感染は怖いので)、昨年『あんなに優しかったゴーレム』を、再演だが、私にとっては初めての作品でもあったので、劇場(池袋のアウルスポット)で観てから、またヨーロッパ企画の舞台を追いかけたい気持ちにとらわれた。今年は9月以降に全国を回るようなのだが、それまでは配信とか、集めたDVDを見直すしかないと思っていたら、映画『リバー、流れないで』が6月23日に公開された。ただし東京では下北沢トリウッドと、TOHOシネマズ池袋の2館のみ(その後 TOHOシネマズ日比谷も)。公開館をもっとふやしたらいいのにと思う。面白い映画なので、絶対に多くの観客に受けると思うので。

2分間のタイムループは、いかにもヨーロッパ企画の舞台にふさわしい設定といえよう。ドタバタもあればほろりとさせられたり、形而上的思索があったりと、いろいろな要素で私たちを楽しませたり刺激したりと、この設定からは予想できなかったほど、いろいろなことができる。

また2分間のタイムループというのはループ物のとしては最短のループ時間である。リチャード・R・スミスの短編「退屈の檻」(大森望編『revisions 時間SFアンソロジー』 (ハヤカワ文庫 2018)所収)は10分間のタイムループで、これがこれまで最短のループかと思っていたら、今回『リバー』では2分間という超最短ループを実現している。2分間で何ができると思っていたら、いろいろなことができる。デートも逃避行もできる。映画は2分間のループを2分間のワンカットで展開し、気づくと、リアルタイムの作品となっている。2時間をゆうにきる映画だが、ループがつづくあいだは、完全にリアルタイム展開となる。

となると通常の舞台をみているのと同じ感覚が味わえるといいたいところだが、映画をみればわかるのだが、これは舞台ではできない、まさに映画ならではの設定であり物語展開である。舞台では役者のカラダがもたないことは、この映画をみればわかることと思う。

またこの映画の特徴は、時間はループしても、登場人物全員が、ループしていることを認識していることである。2分たてば、リセットされてしまうのだが、しかし、登場人物は毎回のターン(と映画のなかでは呼んでいる)の記憶がある。つまり登場人物の頭のなかはリセットされないのである。

リアルタイムのタイムループ物。この点はどんなに強調しても強調しきれない。たとえばタイム・ループ物で、昨年公開されて、けっこう長くいろいろな映画館で上映されていた『Mondays/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』(2022竹林亮監督)ではループは一週間。事務所勤めの会社員の話で、月曜日になるとすべてリセットされてしまい、記憶もリセットされてしまう。そのためタイムループしていることにどうやって気づくか、またその記憶をどうやって保持するのか、一週間で学んだこと、得た知識もリセットされてなくなってしまうのをどうした止められるのか……。そこには、途方もない困難がたちはだかっていた。

一方、これも昨年公開された『カラダ探し』(2022羽住英一郎監督、なお原作小説、漫画、アニメは参照していない)では、1日のタイムループ(ただし殺された時点でリセットされるので正確に1日かどうかわからないが)で、高校生の男女は、前日以前の記憶をもっている。またバラバラになった死体の部位を集めて死体を復元することで、ループから抜け出せるという設定なのだが、集めた死体の部位は、時間のリセットによる効果から免れている。つまり部位を集めて完成しつつある死体そのものがリセットされることはない。この設定はタイムループ物にあってはならない設定かと思ったのだが、『リバー』も、リセットされるものと、されないものがあるので、まあOKか。

ただ、いずれにせよ、たとえば一日でループというよくある設定でも、その一日ははしょって示すほかはない。24時間の映画をつくるのならべつとしても。つまり一日のループの場合、観客に示されるのは一日のダイジェストである。しかも回がすすむにつれて、同じ一日の反復なので、次に何が起こるか暗記できてしまえるくらいになって、ダイジェストがどんどんおざなりに、あるいは短くなる。ところが2分間のループの場合は、ダイジェストではなくリアルタイムのループとなって、そこの省略がなくなり、貴重な短い時間を、一刻もおざなりにせずに、どう使うのかという緊迫感にみちたが2分間の連続となる。

そこが2分間ループによってはじめて実現できた細部の新鮮な際立ちとなる。そしてその2分間の牢獄からどうやって抜け出せるかという緊迫感と、同時に、その2分間のなかに逃避したいという人間の切実な願望とが映画のなかでせめぎ合う。タイムループ物の新たな傑作が登場したといえよう。

追記:地名としての「貴船」は「きふね」ではなく「きぶね」と発音することをはじめて知った。ただし「貴船神社」は、「きふねじんじゃ」と読むらしい。とはいえ以前、京都在住の知人(京都出身ではない)は、「夏の貴船の川床」がどうのこうのという話を聞いたことがある。そのとき「きふね」と発音していたようだが。
posted by ohashi at 23:01| 映画 タイムループ | 更新情報をチェックする