人道的というのを英語にするとhumaneを思い浮かべる。これ以外にもhumanitarianという語も「人道的」に該当する。
では「人道的」とはどういうことか。人道的:「人として同義にかなったさま。人間愛をもって人に接するさま」(広辞苑)とか「人として守り行うべき道にかなうさま」(明鏡国語辞典)というのが、一般的な定義だろう。
ただ英語のhumaneというと、日本語の「人道的」ではカバーしきれない意味もある。そのためhumaneを機械的に「人道的」と訳すとおかしなことになる場合がある。
動物愛護の思想が広く浸透するに及んで、食肉用に動物を殺すことに非難の声があがるようになると、食肉を正当化するためにどのような理屈がひねり出されたかというと、動物に苦痛を与えないように殺しているからというものだった。
たとえば”a humane way of killing animals”が推奨されたが、これを「人道的な動物の殺し方」と訳したら、なんのことがわからない。そもそも「人道的な殺害とか殺戮」というのはどういう意味なのか。想像力をはたらかせないとわからないし、はたらかせてもわからないとも言える。
Humaneには「人道的」という意味のほかに、「(他人や動物に対して)人間[人情]味のある、慈悲深い、思いやりのある」(ランダムはウス英和大辞典)という意味がある。実際、ランダムハウス英和大辞典は、これ以外に「人文学の」という語義しか示しておらず、「人道的」という表記を避けている。つまり日本語の「人道的」が「慈悲深い」と結びつかないからかもしれない。「人道的な殺害」といっても、ふつは、なんのことかわからない【なお「人道的」というのはhumanitarianというほうが一般的であろう】。
私が監訳した『アニマル・スタディーズ 29の基本概念』(平凡社、2023)では、動物をhumane、あるいはhumanelyに殺すという原文を、苦痛を与えないようにして殺すというように訳している。ところが、とこかのアホ【こいつについて、これから大々的に毎日批判してやる】が、これは「人道的に」と訳すべきだと批判してきた。なにか動物学とか動物研究の分野(以下、ここではアニマル・スタディーズとする)では「人道的」と訳すのが決まりだと、そんなことも知らないないのかと、軽蔑的に批判してきた。
しかし軽蔑されるのはお前のほうだ。そもそもhumaneに「人道的」という訳語を示さない英和辞典もあることすら、知らないのか。
またもしアニマル・スタディーズの分野で、humaneとかhumanelyを機械的に「人道的」「人道的に」と訳していたら、一般読者にはわけがわからなくなる。もし日本のアニマル・スタディーズにおいて、これが慣行になっているのなら、一刻も早くやめたほうがいい。それはphysical treatmentを「身体療法」ではなく「理学療法」と訳してしまい、ひっこみがつかなくなった医療分野の愚を繰り返さないためである。
とはいえ、日本のアニマル・スタディーズの関係者は、バカではないから、まさかHumaneを機械的に「人道的」と訳してはいないと思う。そもそもそれは誤訳に近い。まあ、この愚かな批判者とその周辺にたむろしている一部の無教養な者たちだけが、ひとりよがりで勝手なことを垂れ流しているだけだと思いたい。
【注記:
Humane killerは「人道的殺し屋」と訳したら恥ずかしい。「動物の無痛屠殺機」という訳語が辞書ではあたえられている。【なお私は屠殺という言葉は、差別用語だと思っているので、ここではやむを得ず使っている】
Humane killingは「人道的殺害」でははなく、「安楽死」のこと。ただし「安楽死」には、これ以外にも英語表現はある。
Humane societyは「人道協会」ではなく「愛護協会」のこと。何を愛護するのかというと動物のことなので、これは「動物愛護協会」と訳してもいい。
以上参考までに。】
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