監督:クリスチャン・カリオン、タクシー運転手:ダニー・ブーン、92歳のマダム、マドレーヌ:ロリン・ルノー、マドレーヌの若い頃:アリス・イザーズ【個人的にけっこうファンである】
ネット上のでの紹介記事
本作はパリの不愛想なタクシー運転手シャルルと、その乗客となった92歳のマダムの“寄り道”を描く感動作。“終活”に向かう彼女のお願いによって、いつの間にかシャルルの仕事は、上品なマダムの数奇な運命を解き明かす旅に変わっていく。驚きながら、笑って、泣いて、オープニングからラストまで、「まさか」がぎっしり詰まった意外すぎる感動作だ。
パリのタクシー運転手のシャルルは、人生最大の危機を迎えていた。金なし、休みなし、免停寸前。このままでは最愛の家族にも会わせる顔がない。そんな彼のもとに偶然、あるマダムをパリの反対側まで送るという依頼が舞い込む。92歳のマダムの名はマドレーヌ。終活に向かう彼女はシャルルにお願いをする、“ねぇ、寄り道してくれない?”。人生を過ごしたパリの街には秘密がいっぱい。寄り道をする度、並外れたマドレーヌの過去が明かされていく。そして単純だったはずのドライブは、いつしか2人の人生を大きく動かす驚愕の旅へと変貌していく!
もうひとつ別の紹介記事。内容は同工異曲だが。
不愛想なパリのタクシー運転手が偶然乗せたのは、92歳のマダム。終活に向かう彼女の依頼は、人生を過ごしたパリを横断する”寄り道”だった。そしてその”寄り道”は、いつしか2人の人生を大きく動かす驚愕の旅へと変貌していく。
国民的シャンソン歌手のリーヌ・ルノーと、大人気コメディアンのダニー・ブーンというフランスに愛される2大スターが共演。監督・脚本は『戦場のアリア』のクリスチャン・カリオン。エッフェル塔、シャンゼリゼ通り、洒落たビストロ──もう一人の主人公であるパリのエレガントな美しさに浸れる映像も見逃せない。驚きながら、笑って、泣いて!オープニングからラストまで、「まさか」がぎっしり詰まった意外すぎる感動作。
そして映画を観た人たちのネット上で反応も、こうした紹介記事を追認するような内容となっている。
もちろんこうした紹介記事がまちがったことを書いているということではまったくない。またネタバレをしないために重要な事項を隠している。
見終わった映画の印象は、こうした宣伝とは大きく異なる――良い意味で。
実は、映画館でこの映画を観る前日(4月7日)、CSで観た『BULL/ブル 法廷を操る男』のエピソードがこの映画の予告編のようになった。
『ブル』のエピソード:夫のDVに耐えかねて、家を出ようとしたところ、夫に見つかり、いつものように激しい暴力をふるわれた妻が、側で寝ている夫の背中を拳銃で撃ち、そのまま寝つづけ、殺人罪に問われる。妻は被害を隠しとおし誰にも相談せず、夫(大学の英文学教授)もDVを隠蔽しつづけていたため、妻の行為を正当化する材料がない。それでもブルは、自身の姉がDVによって殺されていた経験から、なんとしてもその女性の無罪をかちとりたいと苦しい裁判に臨む(ブルは裁判科学の専門家で弁護士ではない)。
その夫のDVを立証する女性が一人だけ確保できたが、証言者ひとりだけで結審を迎えるという賭けのような裁判だったが、無罪を勝ち取れる。
このエピソード【第2シーズン第20話「僕の正義Justified」アメリカでの初放送は2018年4月17日、この記事の最後に、Wikipediaにおけるエピソードの内容紹介(英文)を参考までに掲載】と『パリタクシー』とがどんな関係があるのかと思われるかもしれないが、このエピソードの事件こそ、『パリタクシー』の核心をなす事件にほかならなかったことを私は発見する。
妻が夫のDVに耐えていたのに復讐スイッチが入るのは、夫が妻の子どもを危険にさらしたという点で、どちらの事件も共通性がある。21世紀のアメリカ人妻は、妊娠している自分に暴力をふるい、母子を命の危険にさらした夫が許せなくなる。フランス人妻は、夫がいつものように彼女自身ではなく、彼女の連れ子を殴ったことで、DVに耐えることなく怒りを爆発させる。
もちろん、違いもある。21世紀のアメリカでは、夫を殺害した女性は無罪になるが、1950~60年代のフランスでは、夫に報復した(殺してはない)女性は、その言い分を聞き入れられず25年の禁固刑に処せられる。フランスで妊娠中絶が非合法だった時代(映画『あのこと』との世界)とほぼ同時代の出来事である。
ただし、こうしたことは、20世紀に中頃のこと、アメリカに固有のこと、フランスに固有のこと、そもそもフィクションにすぎないということではすまされない重要性を有している。なぜなら、DVによる配偶者殺人事件は、フランスでも今現在起こっていることであり、その背景には、3日あるいは2日に一人、妻が夫に殺されているという、いまの情況(フランスであれ、どこの国であれ)があるからである(フランス映画『ジュリアン』(2017、日本公開2019)は別れた夫に殺されそうになる恐怖を描いていた)。
そう『パリタクシー』でも「フェミサイドfemicide」という言葉が登場する。元は英語だがフランスでも2015年以降、そのまま採用されたとのこと(発音はフェミシドだろうが)。まさに「フェミサイド」が消滅しない限り、つまり「女性差別に基づく男性による女性の殺害」がなくならない限り、『パリタクシー』のような映画は作られ続けるだろう。タクシー・ドライバーが老人施設へと乗せてゆく92歳の老婦人は、夫からのDVによって夫に報復し25年の刑を宣告された女性であるからだ。時代の変化によって彼女は13年で解放されるが、その間、失うものは多かった。そして服役後の彼女は女性の権利と「フェミサイド」を告発する運動に参加、女性解放、フェミサイド告発のアイコン的存在になる。彼女は、ただのいたずら好きのチャーミングな老婦人ではない。苦難の人生のなかで、男社会における男支配に抵抗することになった闘士、英雄的存在であったのだ。
彼女が老人施設(ホスピスのようなところ)へ行くとき立ち寄る場所のひとつが、ナチスによって殺された父親のことを記してある記念プレートの場所であるというのは寓意的である。これは女性と男性とが戦争状態にあることを示している。女性は戦争犠牲者である。
ただし戦争といっても、武器をとって正面から殺し合うということではない。第二次大戦下のヨーロッパがそうなのだが、ここでいう戦争とは占領戦のことである。ナチス・ドイツは電撃戦によってあっというまにフランスを占領。フランスは解放されるまでドイツの占領に耐え抜き、また抵抗運動を起こした。そしてそのなかでフランス人はつぎつぎと虐殺されていった。占領戦下における虐殺は、フンンスだけではない。日本は他国の軍隊に占領されはしなかったが、軍部に占領され、多くの日本人がその犠牲となった。そしていまウクライナでは、ロシア占領下における地域で、市民への拷問や虐殺が続いている。
この社会はいま男性によって占領されている。その占領情況は昔とは異なるとはいえ、占領体制であることは、いまも同じである。女性は占領下の民間人のごとく、耐え忍ぶしかないが、それでも虫けらのように殺される。殺されるか抵抗するか。
1960年代ではDVの夫を傷つけたことに対する正当化や正当防衛は認められず25年の服役を課されたが、それでも抵抗と告発をやめなかったのが『パリタクシー』に登場する老婦人である。彼女のような稀有な女性もいておかしくないが、同時に、クズ夫に虫けらのように殺された女性も数多くいたことはまちがいない。タクシーでめぐる美しいパリの街。いまや高層建築も立ち並ぶようになったその街並みは、なにやら墓石のようにもみえてくる。ナチス占領下で虐殺されたパリ市民の墓石でもあったパリの街は、男性による占領下で耐え抜いて最後に殺された女性たちを葬っている墓石でもあるのだ。
繰り返すが、タクシー運転手が乗せることになる老婦人が驚くべき数奇な運命を生きてきたというのは、映画会社の脱政治的宣伝で(たぶん電通が入っているからこういうことになるだろう【←この発言を私は撤回しない】)、ほんとうはべつに数奇でもなんでもなく、すべての女性が辿ってきた運命である。数奇などと例外化するなかれ。果敢に抵抗できるのは例外的女性かもしれないが、悲惨な運命は例外でもなんでもないのだから。
映画会社の脱政治的宣伝にはうんざりするが(電通が入っているかこういうことになるのだろう)、この映画、原題は「うつくしき旅路」(映画のなかでもこの言葉が語られる)だが、英語のタイトルを知っているだろうか。Driving Madelaine。このタイトルから『ドライビングMissデイジー』Driving Miss Daisy(1989)を思い出すのは私だけではないだろう。
『パリタクシー』の英語のタイトルは、『パリタクシー』と『ドライビングMissデイジー』の類似性を意識している。『パリタクシー』は21世紀版・フランス版『ドライビングMissデイジー』である。ともに差別をテーマとしている。『ドラビングMissデイジー』は黒人差別とユダヤ人差別。ともに差別のなかにあった生涯を回顧している――そのなかにあったささやかなだが永遠の喜びも含めて。
『パリタクシー』の最後、老婦人のマデレーヌは、タクシー運転手のシャルルに大きな遺産を遺す。だが、彼女が遺産として遺したのは金銭だけではないだろう。金よりももっと偉大な遺産を彼女は確実に残してくれるのである――観客に対しても。
資料1 パリの観光タクシー内での運転手と老婦人の楽しい会話という映画宣伝とは違うというかまともな紹介として、以下のネット記事を参照のこと。
#エンタメhttps://gendai.media/articles/
男性監督が「ミソジニーの問題」を映画化。「女性の権利」先進国フランスの課題とは
『パリタクシー』監督が語る 著者 此花 わか
資料2
Kate Martin, an abused wife, shoots her English professor husband in the back while he sleeps. Bull's old friend from a battered women's clinic convinces him to help on the case, which is not difficult given that Bull's late sister was also an abuse victim. Bull opts for an all-or-nothing defense, Murder 1 or acquittal, with no lesser charges being considered. Bull is convinced that, although her husband was sleeping at the time she killed him, Kate felt her life and that of her unborn child threatened on a daily basis. This becomes difficult to prove, given that Kate rarely told anyone about the abuse and made only one trip to the emergency room, where she checked in under a false name. Danny and Cable are finally able to locate a teaching assistant that the husband cheated with. While the young woman was not abused herself, she did listen from another room as the husband fought with Kate and made threats. Elsewhere, Chunk confronts one of his law school professors who failed him in a class, convinced it was due to bias.
