比較的最近、私自身、献本されたのだが、そのとき献本者から、発売前にお送りすることができず申し訳ありませんといったメモのようなものが入っていた。
そういうものかと思った。まあ刊行されたから1ヶ月か2ヶ月たってから献本するというのは遅すぎる気がするし、そのときは詫び状のようなものを添付すべきかもしれないのだが、刊行前に献本が届かなくても問題ないのではないか。あるいはそういう習慣なのかとそのときは思ったのだが……。
その影響もあってか、今回の翻訳については、完全に校了してから急いで献本リストを作り、刊行前に献本してもらおうと出版社に送ったら、刊行前なので、著者とか翻訳者には見本刷りを渡すが、献本は刊行後になると言われた。
それもそうだと思い、ならばあのお詫びメモは何だったのかと不思議に思った。とはいえ、そのメモのようなものはなくしてしまったので、私が内容を読み間違えた可能性もある。最近ボケが激しいので。
そうボケといいうのは、確かで、ここで書こうとしたのは、そんなことではなくて、今回の翻訳については私からの献本は、これまで刊行した翻訳よりも少ないものとなることの通知とお詫びである。アポロギアというほどりっぱなものではないが、事情についての理解を乞いたいと思う。献本を期待している方がいたら、残念ながら、たぶんあなたのもとには献本は届きません。すみません。
今回の翻訳は1万円を超える本なので個人で購入する人は少ないと思う。図書館などで購入してもらうことを狙っていて、初刷りの部数は多くない。私を含む20人くらいの共訳なので、ひとりひとりの原稿料も少ない。800ページを超える本なので、分厚くて重い。送料も高くなる(書籍代と送料は献本者の負担である)。そうなるとたくさん献本はできない。
私は自分で翻訳した本を、多くの人に献本することにしている。翻訳書は、私が書いた本ではなく、他人が書いた本であって、私は、著者の代理であり、また広報担当者でもある。だからできるだけ多くの人に原著者の発言なり議論なりを知って欲しいと思うので、献本はついつい多くなる。いっぽう私が本を書いたとしたら、献本はしない。それなら書けなければいいと言われるかもしれないのだが、まさにその通り、おそらく書くことはないかもしれない。
まあ監訳者である私と、20人の翻訳者が所属しているか所属していた東京大学文学部・大学院人文社会系研究科の英語英米文学研究室と現代文芸論研究室の先生方ならびに研究室には訳者全員から献本予定。それ以外に、もしもらえると思っている方々がいれば、たぶん献本は届きません。お詫びします。
いきなり不景気な話で申し訳ないが、以後、この翻訳について毎日なにかコメントをしておこうと思う。
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