2022年製作 121分 アメリカ
原題:The Good Nurse
この映画のなかで、ジェシカ・チャスティン扮するICU担当の看護師のエイミーが、心臓病の検査をうけたあと、医院で支払うお金が、健康保険に入っていないため980ドルといわれて驚いた。円安で1ドル150円で換算すると14万7000円。一回の検査だけで14万円というのは高い。日本で保険に入っていない場合でも、検査と診断で高くて1万を超える程度だろう。アメリカで病気になったら金持ち以外は破産する。
しかしこれはアメリカでの事情だとしても、医療の怖さはこの映画はしっかり堪能させてくれる。
チャールズ・カレンCharles Cullen(1960-)という、400人は殺したであろうというシリアル・キラーがアメリカにいたとは、恥ずかしながら知らなかった。看護師であるカレンは、インスリンの過剰投与あるいはジゴキシンのような心臓病薬を投与して患者を殺している。動機なき無差別殺人である可能性もある。
問題は、カレンの連続殺人がカムフラージュのように病院環境のなかでみえなくなってしまったことだろう。それは病院は病気を治す場であると同時に患者が死ぬ場でもある。そういう意味で病院において患者の死は日常茶飯事とまでは言えないが、ありふれた光景であり、出来事性はない。ふつうなら不審死である場合も、病院のなかでは自然死となる。
カレンが怪しまれて病院を辞めさせられてもすぐに別の病院に雇われていたのは、慢性的な看護師不足が原因である。そのうえさらに病院側でもいくら不審死をだし、また看護師が怪しいとにらんでも、病院の不祥事隠蔽体質により、そのことが表沙汰になることはない。結局、多くの病院を転々としても、その理由が隠されている以上、病院側も何もわからないまま雇い、問題が起きたら追放することを繰り返すだけである。病院は、ある意味閉鎖病棟であり、そのなかで400人も殺したシリアル・キラーが活動する屍人荘である。
映画の物語そのものは、ひねりはない。チャールズ・カレンという実在したシリアル・キラーを扱っている実録物映画なので、カレンについて知っている観客にとって、ひねりなど必要はない。私のように、カレンについて何も知らなかった無知な観客にとって、エディ・レドメイン扮するナースは、誤解され中傷を受けているが、ほんとうは善良なナースで、真犯人は別にいるのではないかと思ったりしたし、それほど、エディ・レドメインとジェシカ・チャスティンが扮する二人のナース間に生ずる化学反応に違和感はなかった。また犯人が家庭に善人面して入り込むというのも、お約束の展開だが、ミステリーではないので、ある意味、淡々として描かれ、そこを掘り下げたり広げたりすることがなかったのも、良い点にふくめられる。
このこともふくめこの映画は、ジェシカ・チャスティンとエディ・レドメインの超絶演技と、事件に向き合い真実をあぶり出そうとする緊張感、そして静謐な場面にこそふさわしいじわじわと迫りくる恐怖(ただし映画はミステリーでもホラーでもないが)によって観客を最後まで魅了する。静謐な場面が淡々とつづいたり、暗くてよく見えない場面が多かったりするが、それでもまったく退屈することはなく、かえって緊張感がたかまった。
最後まで動機をあかさない犯人を演ずるのは大変だという声もナット上にあったが、映画館で予告編をみたとき、エディ・レドメインとは気づかなかったくらい、レドメインは変貌していた。カレンの写真は多く残っているが、カレンの容貌や話し方などをできるかぎり再現しようとしたことがうかがわれる。あとカレンは、キラー・ナースと呼ばれていたらしい。映画はジェシカ・チャスティン扮するグッド・ナースと、エディ・レドメイン扮するキラー・ナースとの戦いであり、また友情の物語でもあった。