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「トップガン」続編の超ヒットで…思い出される織田裕二主演 32年前の “黒歴史” 映画 東スポWeb 2022/06/06 05:32
先月27日に日米で同時公開された、トム・クルーズ(59)の代表作の続編「トップガン マーヴェリック」の興行収入の勢いがすさまじい。
中略
「トムと同世代に近い映画ファンが客層の中心になっています。青春時代に夢中になった作品が、36年ぶりによみがえるわけですから、見たくもなりますよね。前作の続きのようなシーンに涙するファンも多く、大ヒットするのも当然でしょう」(映画ライター)
そんな傑作映画となった「トップガンシリーズ」とは打って変わって、過去〝爆死〟したのが〝日本版トップガン〟として製作された織田裕二主演の「BEST GUY」(1990年公開)だ。航空自衛隊の全面協力の下、航空自衛隊千歳基地を舞台に、パイロットに与えられる最高の栄誉「BEST GUY」の座を賭けて、特別強化訓練に臨むパイロットたちの姿を描いているのだが…。
「アクションシーンはかなりリアリティーがあり、『トップガン』をオマージュするようなシーンもいくつかありましたが、興行収入は振るいませんでした。自衛隊の実機は迫力があっても、ソ連の戦闘機が特撮だったので、観客はガッカリ。それ以来、織田にとってすっかり〝黒歴史〟になってしまいましたね」(芸能関係者)
2022年のナンバーワンヒット作の呼び声も高い「トップガン マーヴェリック」だが、織田の胸中はいかに――。
と、要するに織田裕二をからかうというかディスるだけの品性下劣な記者の欠いた下品なバカ記事。「自衛隊の実機は迫力があっても、ソ連の戦闘機が特撮だったので、観客はガッカリ」ということは、Wikipediaにも書いてあることで、そこからネタをもらってきただけの、お手軽な、そして下劣な品性だけが目立つ、低級な記事。自分の意見を「芸能関係者」のものとする卑劣ぶりも際立っている。書き手には恥を知れといってやりたい。とはいえ、こういう書き方は、ごく普通に行われているので、少しはちがったことをやれ、この恥知らずがいうべきか。
『Best Guy』の興行成績がふるわなかったとしたら、その原因は、いろいろあるだろう。ソ連機が特撮だったからというのは、理由のひとつかもしれないが、そんなことだけで観客はがっかりするものか。
36年前の『トップガン』は、どうだったのか。最後の敵国の戦闘機との空中戦は、ソ連のミグにみたてたアメリカ製のF-5。黒っぽい色で塗られているのだが、F-5は細身のスマートな戦闘機で、とてもソ連のごついミグ機にはみえない(映画のなかではミグ28という架空の名前がついていた)。
【ちなみにF-5フリーダム・ファイターは、アメリカ軍で正式採用されず、海外供与機として生産された。また実際のトップガンでミグ役のアグレッサー機として使われた。その発展型F-20タイガーシャークは、コミック/アニメの『エリア88』で主人公のシンの乗機としても有名。】
つまり実際のトップガンでは敵国の戦闘機をシミュレーションするために、A-4スカイホークとF-5フリーダムファイターという、ともに運動性のよい攻撃機・戦闘機が使われている。仮想敵国の戦闘機に扮するそれらはアグレッサーと呼ばれる。映画ではA-4だけが、アグレッサーとして登場し、最後の実戦シーンでは、どうみてもミグにみえない、実際にはトップガンでアグレッサー役のF-5がミグ28という架空の戦闘機として登場した【もとになった実際の交戦ではミグ機ではなくスホーイ機。6月9日の記事を参照】。
結局、実戦シーンだって、トップガンのアグレッサー機が使われていて、訓練シーンと実戦シーンとの差が基本的にない。こんなことなら、ミグ(実際の事件ではスホーイ)は特撮で登場させてほしかったともいえる――実際、私は初めて『トップガン』をみたときに、そう思った。
したがって日本版『BEST GUY』でソ連機が特撮であることが観客を落胆させる主要因であるとは思えない。
そもそも『BEST GUY』がヒットしなかった理由にはいろいろなものがあろうが、同時に、『BEST GUY』が優れた映画であるという理由もたくさんある。そしてヒットしなかったからといって悪い映画ということにならないし、それが黒歴史になろうはずもない(黒歴史というのは、いずれ日本のジャーナリズム史において「黒歴史」として葬り去られるであろう、歩く「黒歴史」のひとつ「東スポ」にこそふさわしい名称である。もちろん東スポよりも最低のメディアは多いことも付け加えておく)。
『トップガン』と『BEST GUY』との違いは、アメリカ海軍の戦闘機搭乗員養成機関(正確には、高度な技術を身に着け、それを配属部隊にもどって他のパイロットに伝授するリーダー的パイロットを養成する機関)としての「トップガン」は実在するが、「BEST GUY」は架空の制度であると理解している。ただし航空自衛隊には「飛行教導隊」という、「トップガン」と似た組織は実在する。練習機とかF-15をアグレッサー機として使用する。
また『トップガン』では、敵国のミグと交戦するのだが(実際の事件ではスホーイ)、これは実際にリビア北岸のシドラ湾でF-14がミグを撃墜した事件(1981年)から想を得ているのに対し、『BEST GUY』ではソ連機にスクランブルをかけるのだが、これまで実際に交戦した記録はないので、実戦シーンの不在が映画から魅力の一部を奪ったともいえる。
しかし圧倒的な違いは、『トップガン』が偏差値の低い映画ということである。偏差値の低さがヒットにつながったといえなくもない。グラマンF-14トムキャット戦闘機は、私自身、航空史で最も魅力的な航空機だと思っているが、同じ思いは、多くの航空ファンが抱いているはずである。
いまとちがって1986年には、軍用機が空を舞う映像というか動画を簡単に見ることはききなかったので、『トップガン』においてF-14が飛んでいるだけで、その映像に魅了されたのだが、F-14トムキャットという、優雅な美しさと、威圧的なまでの力強さが共存する、軽快な大型機の姿を、映画は十分に魅力的にとらえているとはいいがたい。乗り物の魅力を伝える映画としては、同じトム・クルーズ主演の同じ監督の『デイズ・オブ・サンダー』(1990)のほうが、『トップガン』の二番煎じだと批判されながらも、レーシングカーの魅力を存分にとらえていた。まあ航空機それも戦闘機の飛行を映像に収めることの困難は予想できるとしても、『トップガン』が、F-14トムキャットの映画としては偏差値が低いことは否定しようがない。ただし、映画としては、真っ赤な空を背景にとぶトムキャットのメランコリックな映像は映画芸術のひとつの極点に到達している。
また『トップガン』のパイロットたちは、パイロットとしての高い技量を誇るものとしても、人間的には偏差値が低い、精神年齢が低すぎる。まるで高校生とはいわなくとも、ほぼ中学生である。こんな奴らがアメリカを守り、自由主義世界を守っているのかと唖然とするしかない。というか、こんな精神年齢の低い連中だからこそ、アメリカを、自由主義世界を守れるのだとも言えるのだが……。そしてきわめつけは、女性教員に恋をする中学生男子の物語。トップガンという学校は中学校なのである(現実の中学生を低く見ているわけではない。中学生が中学生としてふるまうことに何の問題もなし。中学生ではない大人が中学生みたいにふるまうことが問題だということだ)。
これに対して『BEST GUY』は、航空自衛隊のプロのパイロットたちの物語であり、映画の主題そのもの(「空間識失調」)は偏差値の高さを誇るものといえよう。
あとはF-14とF-15のどちらが好きか、また織田裕二が好きかどうか、好き嫌い問題になってしまうのだが、いまも配信などでみることができる『BEST GUY』に対しては、『東スポ』といった偏差値の低いかもしれない新聞(失礼)のあきらかに偏差値の低い記者(失礼)の書いた偏差値の低いとしか思えない記事にまどわされず、虚心に接すれば、けっこうおもしろい映画であることを納得できるのではないかと思う。