2022年04月22日

生娘をシャブ漬け

もう周知の事実だが、吉野家の伊東正明常務は、早稲田大学社会人教育事業室が開催した社会人向けの「デジタル時代のマーケティング総合講座」で、若い女性をターゲットとしたマーケティング手法を「生娘をシャブ漬け戦略」と表現し、「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢・生娘のうちに牛丼中毒にする。男に高い飯を奢ってもらえるようになれば、絶対に(牛丼を)食べない」といった発言をしたという。受講者が目撃情報として語ったことがSNS上で拡散された。

吉野家は18日、公式サイトに謝罪文を掲載。発表文では、「当該役員が講座内で用いた言葉・表現の選択は極めて不適切であり、人権・ジェンダー問題の観点からも到底許容できるものではありません」との見解を示した。

以下、日刊スポーツ 「吉野家が「生娘をシャブ漬け戦略」不適切発言の常務を解任
[2022年4月19日12時20分]」の記事から一部を引用すると、

牛丼チェーンの吉野家は19日、不適切発言をした子会社吉野家の伊東正明常務を解任したと発表した。

吉野家は「当社は、昨日開催いたしました臨時取締役会において当社執行役員および子会社である株式会社吉野家常務取締役の伊東正明氏の取締役解任に関する決議を行い、2022年4月18日付で同氏を当社執行役員および株式会社吉野家取締役から解任しましたのでご報告します。本日以降、当社と同氏との契約関係は一切ございません」とした。


教育現場では、説明なり主張を印象的にするために、くだけた物言いをしたり、やや下品な言い方をしたり、まあ、えげつない表現をあえて使うことはよくある。美辞麗句を連ねたり修辞的用法を駆使するよりも、こうした発言のほうが印象深いことがある。度を超すと聴衆が引いてしまい逆効果になるが、慎重かつ大胆に、そして冗談というくくりのなかで、下品で差別発言ぎりぎりのことを話すことは、手練れの講師の力量の証左となる。

今回、実際の発言内容は記録されていないので、趣旨として伝えられていることとなるが、はたして、ほんとうに「シャブ漬け」と「牛丼中毒」のどちらかを語ったのか、あるいは両方とも語ったのかわからないところもあるのだが、それにしても、料理、接客、店の雰囲気など、客に好印象をあたえリピートしてもらうということを、ややくだけた下品な言い方をしようとしても、私には、「生娘をシャブ漬けにする」という表現は思いつかない。

そもそもこれはドラッグディーラーあるいはヤクザの発想でしょう。熾烈な競争ビジネスの第一線で戦っている人ならではの、厳しく不気味なたとえだと、感銘すら受けた。

語った本人も、面白い眼のさめるような冗談を放ったと得意げであったにちがいない。もちろん発言内容は、吉野屋の発表にあったように、「人権・ジェンダー問題の観点からも到底許容できるものでは」ないのだが、冗談として語られたのなら、冗談としての性格を重視したい。

というのも冗談は、ただのおふざけではない。フロイトがいうように、私たちは、普段言えないような本音のようなものを冗談として語ることがよくある。冗談は、冗談ではない。むしろ普段は隠れているか抑圧されている願望や主張や評価を表に出すのが冗談である。冗談という口実のもとに、タブーを語ることができるし、忌まわしい願望なり考えを口にできる。つまり冗談とは真実(不都合な真実)を語る装置である。冗談だけが真のコミュニケーションを可能にする。

こう考えれば、冗談として語られる問題発言は、そこにまぎれもない真実があると見なければならない。冗談として語られる問題発言を、容認できない発言として排除するのではなく、真実の発言として重視しなければいけない。

そう考えれば、今回の「生娘をシャブ漬けにする」という発言は、発言した当人あるいは牛丼の吉野家に限定される戦略ではなく、外食産業、食品業界全体の戦略の真実を語っているのではないか。

実際、外食産業はリピート客を増やすために、客シャブ漬けにするような中毒性の料理を提供してないだろうか。

食品業界における添加物の使用は、人間をなんらかの中毒症状にしていないだろうか。味覚だけでなく、見た目もふくめての中毒症状。たとえば砂糖は、ただでさえ中毒性があるのだが、添加物によって、必要以上の砂糖の摂取が日常的に可能になる。あるいは塩分も、添加物を介して摂取しやすくなる。糖分も塩分も摂取しすぎれば、健康被害をもたらすことは明らかである。

これは、良い物を提供してリピート客を増やすのではない。危険なものを提供し中毒にさせてリピート客をふやすのである。

シャブ漬けにされる生娘は、もちろん、私たち全員にあてはまるメタファーである。そしてここにあるのは、牛丼の吉野家に限ったことではなく、外食産業、食品業界全体のシャブ漬け戦略、中毒化戦略なのである。むしろ、このことに注意喚起してくれた、この問題発言に対して感謝すべきとまで言いたいのである。

もちろん吉野家を免罪するつもりはない。「カーニズム」のイデオロギー発信拠点のような牛丼業界のドンともいえる吉野家にとって、客をシャブ漬けにするとは、肉食の問題をなしくずしにして、消去することを意味する。吉野家に限らない。牛丼・肉食中毒にすることで、「カーニズム」のもたらす倫理問題と健康問題をなきものとすることができる。

ちなみに吉野家の「生娘シャブ漬け戦略」が展開された時期は、牛丼の健康被害が取りざたされた時期と重なるのではないか。たとえ正確に重ならなくても、健康被害批判をかわす切り札が牛丼中毒戦略であったであろうことは想像にかたくないのである。

この問題発言を重要な契機として、外食産業と食品業界の「シャブ漬け戦略」について真剣に考えるべきであって、これは常務取締役を解任すればすむというような小さな問題ではないのである。
posted by ohashi at 00:54| コメント | 更新情報をチェックする