『敵こそ、我が友 ~戦犯クラウス・バルビーの3つの人生~』
MON MEILLEUR ENNEMI(仏)/MY ENEMY'S ENEMY(英) 2007年/フランス映画/1時間30分監督:ケヴィン・マクドナルド
である。2008年に銀座テアトルシネマ(今は亡き)で観た。フランス語のタイトルは「我が最良の敵」、英語のタイトルは「わが敵の敵(⇒敵の敵は味方ということか)」。日本語のタイトル「敵こそ我が友」とは微妙に違うような気がするが、私はこの日本語の表現が面白いと思って記事のタイトルと主題を示すフレーズとして使った。
とはいえこのドキュメンタリー映画も面白いものだった。
映画.comの紹介
ナチス・ドイツ親衛隊に所属して"リヨンの虐殺者"の異名で恐れられたクラウス・バルビー。しかし彼はその後も戦犯として裁かれることなく、アメリカ陸軍情報部のために対ソ連のスパイ活動を行ったエージェント・バルビーとして、続いて南米ボリビアで軍事独裁政権の誕生に関わったクラウス・アルトマンとして、歴史の影で暗躍を続けた。3つの人生を生きた男の数奇な運命を検証することで戦後史の裏側を照らし出したドキュメンタリー。
ネット上にあった、ある映画評
映画は、かなりシンプルに、記録映像、写真、関係者のインタビューを中心に、時代順に進んでいきます。
ドキュメンタリー映画だから、これはあたりまえのこと。映画の特徴でもなんでもない。この映画評は、クラウス・バルビーについての紹介(適切なもの)が続き、そして
ナレーションもなく、音声は記録映像部分以外はインタビューでつなぎますので、統一感がなく、テーマミュージック(フランス映画らしく、ちょっと哀愁の漂う洒落た感じのシャンソンです)も最初だけで本編の間ほとんど音楽なしです。インタビューには英語もありますがフランス語も多く、字幕をジッと見つめていないとすぐ置いて行かれます。それでいて映像もドラマティックに作った部分がないので、内容に強い興味がないと、見続けるのがちょっと辛い。フッと居眠りして目を開けたら話が見えなくなっていたりします。
てめーが興味がないだけだろう。映画の内容は興味深いものだったし、進行も緊迫感に満ちていた。そして
記録映像の残り具合やインタビューの取りやすさからでしょうけど、南米に行ってから、それもフランスの引き渡し要求以後の部分が長くなっています。3つの人生というサブタイトルから見ても、3つめが長くなってバランスを崩している感じがしますし、後半をもう少しまとめた方がよかったかも。
三つの人生というは日本で勝手につけたサブタイトルで、もとの映画に責任はない。そしてエラそうに上から目線で「後半をもう少しまとめた方がよかったかも」だと。途中で居眠りしていたくせに、なにを偉そうに。あるいは後半だけ起きていて、時間がたつのが遅かったのか。映画評の的確な内容のまとめも、どうせ何かの資料を読んでまとめただけだろう。上映中、居眠りをしていただけだろうから(ただし、このレヴューアーには、映画を観る前から、内容は想定済みで、目新しい情報がなかったからかもしれない。とはいえ、よくわかっている馴染の内容のとき人は居眠りはしないものだ)。
最後に、このレヴューアーは、こんな感想を述べている。
率直に言って、もう少し見せる工夫をして欲しい映画ですが【またまた上から目線ですか?手慣れた構成で、予備知識ゼロの観客もついてけるような工夫は凝らされていたと思うのだが】、こういう堅いドキュメンタリーをいまどき8週間上映する(今日から7週目。9月19日まで)銀座テアトルも立派かなとも思います。
私はこの映画を銀座テアトルで観た。こいつの、上から目線の鼻もちならない皮肉にはうんざりする。私が観たとき、客席はほぼ満席だった。人がたくさん入ったから長い期間上映しただけの話なのだが、気にいらない「堅いドキュメンタリー」長く上映すること自体が悪であるようなこいつの口ぶりは、ファシストのものである。今風の言い方をすればプーチン風である。
なお、このHGレヴューアーには関心がなかったのかもしれないが、クラウス・バルビーを主題とする映画は、20世紀末から進んでいる第二次世界大戦のナチス占領下における、ナチス戦争犯罪への協力者と協力状況の洗い直しの一環であるともいえる。この洗い直しのなかで、ヴィシー政権下のフランスの状況が浮かび上がり、そして中立国であったスイスのナチス協力問題も露呈されることになる。多くのフランス人はユダヤ人を差別していたから、ナチスに協力した。また戦後はバルビーはアメリカに利用された。黒歴史は続く。この映画は、まさにこうした漆黒の闇の歴史に光をあてているのである。面白くないはずがない。
あとこのドキュメンタリー映画がフランス映画だというレヴューアーはいても、監督がケヴィン・マクドナルドであることに言及しているものは私が読んだかぎりネット上にはなかった。
ケヴィン・マクドナルドは英国の(正確にいえばスコットランド出身の)映画監督で、ドキュメンタリー映画と劇映画の両方を撮る、ある意味、特異な監督である。ドキュメンタリー映画としては『ミュンヘン・テロ事件の真実 』One Day in September (1999)、『運命を分けたザイル』Touching the Void (2003)、『ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド』Marley (2012)、『ホイットニー 〜オールウェイズ・ラヴ・ユー〜』Whitney (2018)などがある(私の観た映画に限っているが)。
劇映画には『ラストキング・オブ・スコットランド』The Last King of Scotland (2006)(衝撃的な映画だった)。『消されたヘッドライン』State of Play (2009)(メディア、ジャーナリズム物)。『第九軍団のワシ』The Eagle (2011)(宮崎駿が東北を舞台にアニメ化しようとしたローズマリー・サトクリフの同名の小説の実写化)。『わたしは生きていける』How I Live Now (2013)(主役のシアーシャ・ローナンが英国にやってきたアメリカ人少女(この設定には違和感があった)を演じた映画。あまり評判にならなかったが、シアーシャ・ローナンのファンである私はけっこうおもしろかった)。『ブラック・シー』Black Sea (2014)(ジュード・ロウ主演の映画だが残念ながら未見)。『モーリタニアン 黒塗りの記録』The Mauritanian (2021)(監督の特異なドキュメンタリーと劇映画が合体したかのような劇映画)。
ケヴィン・マクドナルド監督は英国アカデミー賞を受賞したドキュメンタリー(再現映像を使う)で一躍有名になったと思うのだが、私というよりも日本人観客とっては『ラストキンブ・オブ・スコットランド』で知られるようになった。ジェイムズ・マカヴォイが狂言回し的役割なのだが、なんといっても独裁者イディ・アミンを演じた フォレスト・ウィテカーの不気味さが秀逸で、ウィテカーがそのレパートリーに変質者的人物を加えるようになったはじまりの映画かもしれない。また『ブラック・シー』以後、作品がなかったような気がするが、『モーリタニアン 黒塗りの記録』(2021)で復活した観があるのは、ファンとしては、嬉しい限りである。
『敵こそ我が友』も、ケヴィン・マクドナルド監督のドキュメンタリー映画として、ファシストを告発すると批判的になる日本のファシズム勢力の雑音に邪魔されることなく見直していい時期だと思う。
【追記:『ラスト・キング・オブ・スコットランド』の原作ジャイルズ・フォーデン『スコットランドの黒い王様』(新潮社1999)は、いまは駒場の武田将明先生が、大学院生時代に翻訳したものである。博士課程に入ったばかりか、入る前に出版した翻訳だと思うが、このこと自体驚異的である。いまでも博士前期課程の大学院生が長編小説の翻訳を名だたる出版社(新潮社)から出版するということはまずない。武田先生の早熟ぶりに圧倒されるのだが、もうひとつAmazonのこの本のサイトには、映画化に際して、武田先生が自分の翻訳を2か所訂正するコメントを掲載している。ご覧いただきたい。Amazonにそういうシステムがあったのか。Amazonにどう頼めば、翻訳者からの訂正を掲載してもらえるのか。武田先生の手腕には圧倒される。】