2022年03月20日

『希望とは何か』1

2022年3月10日に岩波書店よりテリー・イーグルトン『希望とは何か』を翻訳出版した(単独訳)。この翻訳について、裏話といってもたいした話ではないのだが、まあ裏話めいたエピソードを断続的に記しておきたい。

今回は第1回目。

著者イーグルトンは本書でスペインの作家エンリーケ・ビラ=マタスの小説Dublinesque(英語訳のタイトル)から引用している(翻訳p.207)。このDublinesqueは日本語訳がなく、どう訳してよいか最後まで迷った。『ダブリン風』というのは芸のない訳し方だと思われるかもしれないが(もし日本語訳が今後出版されるとすれば、「タブリン風」というタイトルだけは選択されないだろう)、この訳題にも、一応、正当的な理由はある。

というのも小説のなかで、Dublinesqueは、フィリップ。ラーキンの詩のタイトルでもあると書かれている。そこでラーキンの詩の翻訳では、‘Dublinesque’をどう訳しているのか、本を取り寄せて調べてみた。

『フィリップ・ラーキン詩集』児玉実用・村田辰夫・薬師川虹一・坂元完春・杉野徹訳(国文社1988)

この本がラーキンの詩集の唯一の翻訳かどうか、また新たな翻訳が出版されたかどうか、なにも知らないのだが、この詩集にかぎっていうと、‘Dublinesque’という詩のタイトルは「ダブリン風」と訳されていた。まあ誰にとっても、これは無難な訳題なのだろう。

ところでエンリーケ・ビラ=マタスについて、私は日本で翻訳が出始めた頃はなにも知らなかった。ただ大学院の授業で、現代文芸論に所属する院生が、『バートルビーと仲間たち』(木村榮一訳、新潮社、2008)について熱く語る研究発表をしたときに、いくらアメリカ文学やメルヴィルは専門外とはいえ、「バートルビー」をタイトルにした外国文学について知らなかったことについて、自分の不明を恥じたし、また、その研究発表から作家と作品に興味をもった。

その後、日本語訳と英語訳を入手し、以後、私にとって、愛読書のひとつとなった。昨年はビラ=マタスの短篇集『永遠の家』が翻訳出版された。この『ダブリン風』もいつか翻訳されることを期待している。

ちなみに訳者あとがきを書いているとき、そこで触れられている「メニッポス的諷刺」には、『バートルビーと仲間たち』も含まれることに気づいて、本文中の引用で、既訳のあるものは、それを使うという、今回の翻訳の方針について、訳者あとがきのなかで、気の利いたことを書こうとして、以下のような、たいして気の利いたわけではないことを書いてしまった――

本文中にも引用があるエンリーケ・ビラ=マタスの本文では触れられていない『バートルビーと仲間たち』――書けなくなった詩人・作家に関するまさにメニッポス的諷刺的総覧――に影響を受けた訳者は、既訳をただ書き写すことに、無上の喜びと、先達への業績への畏敬と感謝の念をいだいていた。p.241

恥ずかしながら、この引用での「先達への業績への畏敬……」は、意味が通らないわけではないが、「先達の業績への畏敬……」とすべきだったと今になって気付いた。

それはさておき、実は、上記の引用では、以下の下線部を削除していた。

本文中にも引用があるエンリーケ・ビラ=マタスの本文では触れられていない『バートルビーと仲間たち』――書けなくなった詩人・作家に関するまさにメニッポス的諷刺的総覧――に影響を受けた、あるいはすでにバートルビー化しているかもしれない訳者は、既訳をただ書き写すことに、無上の喜びと、先達への業績への畏敬と感謝の念をいだいていた。
p.241


別に校閲者や編集者から指摘されたわけではなく、自分の意志で、削除した。もともと自虐的なコメントは嫌いではないというか大好きなのだが、読者にとっては、どうでもいい事柄で、訳者だけが面白がっていても読者には不快かもしれないと思って。
posted by ohashi at 16:27| 『希望とは何か』 | 更新情報をチェックする