天国に通ずるドアと、地獄に行くドアがあって、それぞれのドアに番人が一人立っている。あわせてふたりの番人のうちひとりは嘘つきである。さて、あなたは番人に1回だけ質問できる。では、どちらの番人にどんな質問をするか。
吹き替え版をみていたのだが、これが正確な言葉だったかどうか定かではないが、内容はまちがいない。このエピソードのなかでは、答えは示されなかったが、私は答えを知っている。このなぞなぞに出会うのは、これで2回めである。最初に出逢ったとき、これは、私が知らないだけで、けっこう名の知れたなぞなぞなのかもしれず、論理学とか数学などで説明がつくものではないかと予感した。その予感は、これであたっていたことがわった。
最初の出逢い、それはタブッキの『夢のなかの夢』の最初の夢のなかである。この夢は迷宮の創造者ダイダロスが見る夢で、迷宮から脱出するとき、牡牛の頭の男に出逢い、かれとともに、迷宮をさまよう。以下、関連個所を引用
けもの男がふたたび顔を上げ、胡乱(うろん)な眼でかれをみつめた。この部屋には扉がふたつあって、と男は言った。それぞれ扉の警備にあたる番兵が二人います。ひとつの扉は自由に、そしてもうひとつは死につながっているのです。番兵の一方は真実だけを言い、もう一人は嘘しか言わないのです。ですがぼくにはどちらが真実を告げる番兵で、どちらが嘘つきの番兵なのか、それにどちらが自由の扉で、どちらが死の扉なのかがわからないのです。
わたしに付いてきなさい、とダイダロスは言った。わたしといっしょに来るがいい。
かれは一方の番兵のそばに行くと訊ねた。きみの同僚の意見では、どちらが自由につながる扉かね? そこでかれは扉を変えた。事実、もしかれが質問したのが嘘つきの番兵だったら、こちらの番兵は、同僚のほんとうの指示を変えて、処刑台への扉を教えるだろう。ところがかれが質問したのが正直な番兵だったとしたら、こちらの番兵は同僚の嘘の指示を変えずにそのまま死への扉を指示するだろう。
タブッキ『夢のなかの夢』和田忠彦訳(岩波文庫2013)18-19.
下線部のところがわかりにくい。私も岩波文庫の余白に、あれこれ表を書き込んでいた。悪戦苦闘していることがわかる。最初、翻訳に問題があるのかと考え、英訳と較べたら、英訳とまったく同じで、丁寧な逐語訳であることが想像できた。そうなるとあとは自分で考えるほかないのだが、それほどむつかしい話ではなかった。
天国に通ずるドアをXとして、その番人をAXとする。地獄に通ずるドアをYとしてその番人をBYとする。番人のうちどちらかは嘘つきである。
どちらでもいいのだが、たとえばAXに、こう質問する。あなたの同僚であるBYは、どちらが天国へのドアだと言いますか。こう訊けばいい。そのときAXがXのドアを示したら、それは地獄へのドアなので、ドアYから出ればいいのである。下線部の引用文中「かれは扉を変えた」というのはこのことを意味する。
AXは真実を言う人か、嘘つきなのか、二つの可能性しかないのだが、AXが真実しか言わないとする。そうすると、あなたの同僚BYはどちらが天国へのドアだといいますかと聞くと、BYは嘘つきだから、地獄に通ずるドアであるXを指示することになる。そうなると天国へのドアはYである。
では私が質問した相手AXが嘘つきだとしよう。あなたの同僚BYはどちらのドアを示しますかと質問すれば、BYは正直者なのでドアYを示すはずだが、AXは嘘つきなので、BYはドアXを示すと嘘をいう。したがって天国のドアはYとわかる。
つまり相手が正直者だろうと嘘つきだろうと、この質問をして、示される答え(ここでは示されたドア)は同じ。それは不正解なので、もう一つのドアが正解となる。
狐につままれたような話と思うかもしれないが、いまの例を使ってもう一度説明したい。Xが地獄ドア、Yが天国ドアという設定は同じにしよう。そこで番人BYに同じ質問をぶつける。もしBYが正直者なら、BYは、AXがXを指示すると答える。Xは地獄ドアなので、Yが正解となる。もしBYが嘘つきなら、BYは、AXがXを指示すると答える。Xは地獄ドアなので、Yが正解となる。どちらの番人に質問しても、またその番人が正直者だろう嘘つきだろうと、この質問では出てくる答えは同じ。その答えの反対が正解となる。
まあ説明すればするほど、単純な原理がややこしくなるので、タブッキの記述(波線部)がいかに簡潔で要を得ているのかがわかる。
これはタブッキが、自分で考えたのではなく、すでにある有名な話なのかもしれないと推測した。たとえばダイダロスといっしょ動く牛の頭の男は、ミノタウロスの変異体だろう。あるいは『夢のなかの夢』の最後にあるフロイトの夢には、肉屋がでてくるが、これはフロイトの『夢解釈』にある「肉屋の女房がスモークサーモンを欲しがった」夢を踏まえていることがわかって笑えるのだが、どの夢にも、踏まえているものがある。
だから、この天国の扉と地獄の扉にも元ネタがあるのだろうと思った。ただし、まだ探求の途で、迷宮論になにか利用できるはずと思うのだが……。『シカゴファイア』にも登場したので、少なくともアメリカ人でこのことを知っている者がいるということはわかった。
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