2022年01月09日

『バック・イン・クライム 時空を超えた事件』

フランスを舞台にしたフランス語の映画(2013)なのに、どうしてBack in Crimeと英語のタイトルがついているのか不思議に思ったが、国際的市場で流通するときの英語タイトルのほかに、フランス語の原題があった。L’autre vie de Richard Kemp「リチャール・ケンプのもうひとつの人生」――これぞフランス映画のタイトルだと、ネット上でコメントしているアメリカ人がいたが、私もそう思う。

過去の未解決の連続殺人犯が時を経て新たな連続殺人を開始したかに思われる事件が発生する。捜査をすすめる捜査官リシャール・ケンプは夜、何者かに(おそらく真犯人)に橋から川に突き落とされ、水から川岸にあがってみると、そこは連続殺人が始まった10数年前の過去の世界だった。これまで犯人を捕まえられなかった彼は、事件を記憶している立場から、犯人に先んじて犯行を阻止したり、さらには犯人逮捕のために奔走する。そして……。

監督ジェルミナール・アルヴァレスについては不明。主役はジャン=ユーグ・アングラートといっても誰のことかと思うかもしれないし、比較的近年でも『シンク・オア・スイム』(2018)という、中年のおっさんたちのシンクロスイミングの映画にも出演していたのだが、そのときも気づかなかったのだが、今回調べて、『ベティー・ブルー』のゾルグだとわかった。え、あのゾルグ。『ベティ・ブルー』は、ゲイの映画で、あの男女のカップルは実はゲイ・カップルだと私は今も強く信じているのだが、あのゾルグだったとは。

しかし私のうっかりというか不覚はこれだけではない。ヒロイン役のメラニ・ティエリは、はじめて見る女優と思ったのだが、調べてみると、ヴィン・ディーゼル主演の『バビロンAD』(2008)のヒロインではないか。この映画は結構好きでDVDでもっている。そのケースを実際に手に取ってみてみると、ヴィン・ディーゼルの横にいるヒロインが彼女ではないか。なんたる不覚というか、いつものぼんやりというしかないのだが。

主人公の刑事は、10年前の世界では、競馬で資金をかせいで、ホテル住まいし、10年前の自分自身を観察しながら、連続殺人事件を防ぎながら、あるいは防ぐことに失敗しつつも、真犯人を追いつめてゆく。この展開にはけっこうサスペンスがあって、メランコリックな映像とともに、この映画の世界に観る者を引き込んでゆく。【この競馬で稼ぐというのは、タイムループ小説の傑作として評判の高い、ケン・グリムウッドの『リプレイ』を彷彿とさせるのだが】

あとこの映画では未来の世界で知り合いになった女性と10年前の過去の世界で再会し、そこで相思相愛のなかになって、やがて10年後に結ばれるという、かつてSF作家の梶尾真治氏がエッセイのなかで使った言葉を借りれば「タイムトラベル・ロマンス」(梶尾真治『タイムトラベル・ロマンス――時空をかける恋-物語への招待』(平凡社、2003)でもある。

最後に結ばれる男女は、女性のほうは10年前に彼とであって、人生が変わった女性の10年後の姿であろうが、男性のほうは未来からきた男性なのか、10年前の男性の10年後の姿なのかは観客に想像させるようになっていて、そこの余韻を観客は楽しめばいいのかもしれない。

ただ、問題はそこではない。セカンドチャンスを与えられた主人公が、一度目は失敗と挫折で終わった事件捜査を、解決に導き、さらに新たな女性とも結ばれるというハッピーエンディングは、まるで夢のようである。

気になるのは、未来の世界で、たぶん犯人に川へと突き落とされる、その後川岸に自力で這い上がるのは、水(羊水)から生まれる、つまり再生のイメージでもあるのだが、10年前に再生した彼が、最後には、犯人といっしょに川のなかに落ちる。ここには暗合というか符号があって、タイムリープとも関係するつながりがあるのかもしれないが、この点を掘り下げるよりも、むしろ、夢物語の要素をみたほうがいいだろう。

そう夢なのだ。彼がやってきた未来の世界では連続殺人犯は逮捕されず、また殺人犯の挑発にのった担当捜査官(主人公)は橋から川に落とされて、おそらくは死亡したのであり、死ぬ間際に、あるいは死んでから、夢見た、失敗のない人生のファンタジー、それがこの映画の物語内容であるともいえる。このことは、おそらく、多くの人が感じることであろう。無念の死を迎える主人公が最後に夢見た別の人生のハッピーエンディング――それがこの映画の幸福な結末をむかえつつもメランコリックなせつなさをたたえた映像となって観る者に感銘をあたえるのではないだろうか。
posted by ohashi at 09:48| 映画 タイムループ | 更新情報をチェックする