毎年書いているが、いつからか、「新年あけましておめでとうございます」という表現がめっきり減ってしまった。旧年があけて、新年となるのだから、「新年あけまして」というのは理屈にあわないと言い出した悪魔がいて、それに同調する愚か者たちがいっぱいあらわれて、いつのまにか「新年あけましておめでとうございます」という表現が絶滅危惧種になってしまった。
実のところ、「あけまして」は、漢字で書くと「明けまして」となって、「開ける」でなく「明ける」であって、ドアとか障子の開け閉めの「開ける」ではないから、「新年ではなく旧年が開ける」という理屈は意味が通らないともいえる。ただ「明ける」は「夜が明ける」のイメージもあって、「夜が明ける」⇒夜が消える、「旧年が明ける」⇒旧年が、夜が明けるように、明けるということであって、新年が明けるのはおかしいという理屈なのだが、だからといって、「新年があける」が不条理な表現ということにはならない。
なぜなら日本語には原因のみならず結果を明示する表現があるからだ。典型的なのは、「お湯を沸かす」という表現。これは一度沸かしたお湯を、もう一度沸かす、再沸騰という意味ではなく、水を沸かしてお湯にするという意味である。もちろん、「水を沸かす」とも言えるのだが、どちらかというと「お湯を沸かす」という表現のほうが一般的であるように思う。
これと同じで、「旧年があけて(開けて?)おめでとうございます」というべきであって、「新年あけましておめでとうございます」というのはおかしいということのほうが、おかしい。また、もし「新年あけましておめでとうございます」という表現がほんとうにおかしいというのなら、「旧年あけましておめでとうございます」といえばいいかというと、誰も、そんなことはしなかった――そもそも、これは漫才のネタみたいな話であって、まともにとるほうもどうかしているのだが、どうかしている人間が多くて、「新年あけましておめでとうございます」という長くつづいてきた表現が、絶滅寸前にまで追い込まれた。ああ、愚かさに歯止めなし。
とはいえ、最近は、「新年明けましておめでとうございます」という表現が復活しているように思う。萌しではなくて、ほんとうに復活。漫才ネタなら、それはそれで面白いのだが、それを日本語表現を変えるほどの衝撃として受け止めた頭のおかしい人間たちには、自らの愚をほんとうに反省してほしいと思う。
2022年01月01日
新年あけましておめでとうございます
posted by ohashi at 11:05| コメント
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