2021年10月09日

『ある学問の死』3

表記の問題

G.C.スピヴァク『ある学問の死――惑星思考の比較文学へ』上村忠男・鈴木聡訳、みすず書房、2004

スピヴァク『ある学問の死』のなかで扱われているポストコロニアル文学の古典ともいうべき作品のひとつにタイーブ・サーレフの『北へ遷りゆく時』(1966)がある。

これは1969年という早い時期に英語に翻訳され、その翻訳がよかったことと内容の興味深さによって英語圏でもよく読まれた。日本語訳もある。

『北へ遷りゆく時/ゼーンの結婚』黒田寿郎・高井清仁訳、現代アラブ小説全集8(河出書房新社1978, 新装版1989)

【絶版でアマゾンでは取り扱っていないということだった。ちなんみに、アマゾンでは1989年と出版年が記してあるが、掲載してある写真は、1989年の新装版ではなく、1978の旧版の写真である】


が、それで、この現代アラブ小説全集全10巻は、いまは絶版のようだが、私にとっては、サーレフのこの作品に加え、マフフーズの『バイナル・カスライン(上・下)』(4.5)、またモサドに殺された作家カナファーノー『太陽の男たち/ハイファにもどって』(7)は、私にとって、ほんとうに宝物のような翻訳小説で、なかなか時間がないのだが、いまも、読み返してみたいと思う傑作である。

実際、この現代アラブ小説全集の翻訳作品は、名人芸的翻訳というのではないが、どれも、きちんとした明晰な翻訳で、原著の内容と良さを的確に伝えてくれているという確信めいたものを読者に与えてくれ、模範ともいえる翻訳となっている(事実、このような翻訳ができればいいと常々思っている)。

スピヴァク『ある学問の死』では、タイェブ・サリの『北部への移住の季節』というように翻訳している。

ただし、人名をそう表記し、タイトルをそう訳したからといって、それが、まちがいということではない。まちがいではまったくないし、それゆえ、それによって、このスピヴァクの翻訳の価値はいささかたりとも下がるわけではないのだが、そのことがやっかいなのである。

タイェブ・サリ『北部への移住の季節』というのは私個人としてはやめてほしいと思うし、日本語の既訳にあわせてサーレフ『北へ遷ゆく時』と表記してほしいと思う。

スピヴァクの共訳者のおふたりが、サーレフのこの小説とその日本語訳について知っているのか、知らないのか、それはわからないが、『北部への移住の季節』というタイトルにおける「北部」とは、主人公がスーダンから留学する英国のことも指しているから、北部は、絶対にまちがいではないのだが、誤解を生じさせる表現であることはまちがいなく、共訳者のふたりはこの小説の日本語訳についても知らないし、読んだこともないのかもしれない。

ただし、日本語訳について知っているし、読んでもいても、あえてタイェブ・サリ『北部への移住の季節』とされたのなら、その選択について、まちがってはいない。またそれによってスピヴァクの翻訳の価値が下がるわけではない。これだけは述べておく。

表記の問題はむつかしい。もちろん、今回の問題は「シェークスピア」か「シェイクスピア」か、「ハイデッガー」か「ハイデガー」か、「スピヴァック」か「スピヴァク」か、どちらが正しいか、よいかの問題ではない(私はどちらでもいいと思っている)

あるいはマクベスを、クベスと「」に強勢を置くか、英語の発音を反映して「マクベース」と発音することのどちらがいいかという問題ではない。私は日本語のカタカナ表記でも「マクベース」と発音すべきだと思うが、実際の日本の舞台では「クベス」が圧倒的に多いので、まあ、どちらでもいいと思っている。

これに対してローマ字表記の発音の場合、固有名詞は、どうしても、それが入り込む言語の影響を受けることである。同じことは漢字表記の漢字読みか中国語読みにするかという問題にもあてはまる。

漢字の場合、北京は「ペキン」と発音し、上海は「シャンハイ」と発音しながら、「武漢」は「ウーハン」ではなく「ぶかん」の発音が日本では定着している。まあ武漢が話題にのぼることはないほうがよいと思うし、武漢の存在は忘れ去られるくらいに、コロナ禍が終息すればいいと思うのだが、「ぶかん」という発音は国際的にはまったく通用しない。ではなぜ武漢だけ「ウーハン」ではなく「ぶかん」なのか、決まりも原因も定かではないように思われる。

外国人の固有名の英語読みも同じである。入門書『ジュディス・バトラー』竹村和子訳」 (シリーズ現代思想ガイドブック、青土社2005) の著者は翻訳ではサラ・サリーと表記されているが、ローマ字表記ではSara Salihなので、この人の名前はアラブ系で、「サーリフ」「サーレフ」と表記すべきものかもしれない。

ただしこのサラ・サリーではなくサラ・サーリフに関し詳しいことはわからないが、アメリカで生まれアメリカ人として教育をうけ生きてきて、周囲にも自分の名字が、英語読みされ「サリー」と呼ばれることを容認したり、自分から「サリー」と呼んでほしいと周囲に伝えたりしているかもしれない。そのため 著者名は「サリー」でということを著者あるいは出版社あるいは関係者から翻訳者に伝えられ、そのために「サリー」としたのかもしれない。

同じことは、中国からの留学生にもいえて、自分の名前を漢字読みしてよいと漢字読みを奨励したり、逆に中国語読みされたりすることを拒む留学生もいる(もちろん留学生それぞれであって、全員そうだということはない)。

受け入れ先の国の言語読みに自分の名前をあわせることはよくおこなわれているし、そのほうが受け入れ国に受けがいいこともある。

『NCISネイビー犯罪捜査班』の第18シーズンのなかのあるエピソードでは(最近見たのだが)、Proustという人物の名前ができてき、これを「プルースト」と発音するか「プラウスト」と発音するかでちょっともめる場面があった。なんとなく「プラウスト」という発音が主流になるような気配だったが、英語化して発音するほうが、英米人にとってはなじみやすいのだろう。

私がいいたいのは、「ハイデッガー」か「ハイデガー」か、「スピヴァク」か「スピヴァック」か、どちらがいいかということではなく、「ウォルター・ベンジャミン」か「ヴァルター・ベンヤミン」のどちらがいいかという問題なのである。

以前、イギリスにいたころ、セアラ・バーントハートという女優がどうのこうのといわれて、それは私が知らない女優さんの名前ですと答えたところ、セアラ・バーントハートだがと、もう一度言われた。知らないものは知らないのだが、ただ、その後、話を聞いてみてると、思い当たることがあった、ああ、それはサラ・ベルナールのことですか(とフランス語風に発音しつつ)発言したら、嫌な顔をされた。相手が本当に嫌な思いをしたかどうかはわからないし、嫌な顔をしたかどうかも第三者の目がないのでわからないのだが、その時私は、相手が嫌な顔をしたように思った。

それと同じで、私のようなアラブ系の文化や歴史についてほとんど何も知らないに等しい人間でも、AhmadとかSalihというは「アーマッド」ではなく「アフマド」、「サリー」ではなく「サーレフ」であるというぐらいのことは知っているが、そのことを英米人に伝えたら、なにか嫌な顔をされるのではないかという不安はある。ましてやアフマドやサーリフの姓を名乗っている本人にとっては、自分の名前が英語読みされることに、いちいち目くじらを立てていたら、嫌われる、嫌がられるという思いは強いかもしれない。

したがって英語読みした名前がふつうに流通して「アーマッド」は紅茶の銘柄になり、「サリー」ちゃんがふえているのだが、ただ、私としては「ハイデッガー」か「ハイデガー」は、どちらでもいいのだが、「ウォルター・ベンジャミン」はやめてほしい。「ヴァルター・ベンヤミン」にしてほしいと思うのである。

タイーブ・サーレフ(厳密にはアッ=タイーブ・サーレフ)の場合、英国の大学に学び、BBCに入社したこともあるらしく、半分英国人かもしれないのだが、またそれゆえにが、スピヴァクの『ある学問の死』における表記タイェブ・サリは、本人も容認する英語読みかもしれないので、まちがいではないのだが、それでも日本語訳にあわせて、タイーブ・サーレフにして欲しかった。

実際、この小説『北へ遷ゆく時』は、スーダンから英国に留学するムスタファ・サイードが主人公で、英国で「やらかして」(ネタバレになるので詳しいことは書かない)スーダンに帰ってくるのであって、英国で仕事をしている話ではない。英国留学中は、民族衣装などをまとって、エスニシティを前面に押し出した生活姿勢を崩さないのだが、帰国後は、土着文化を嫌い、英国風の生活様式をとりいれるというような例からはじまり、西洋と非西洋との文化対立と相克と融合と離反のひりつくような濃厚なドラマが展開する。この小説はコンラッドの『闇の奥』のアフリカ版であって、主人公にとっての闇は、英国社会なのである。そしてこれはさまざまな解釈に開かれているので、簡単に説明できないのだが、小説の終わりは、川でおぼれそうになったサイードの「助けてくれ」という叫びである。

この「助けてくれ」という叫びのニュアンスについて教えてくれたのが、スピヴァクの『ある学問の死』における、この小説の優れた読解であって、この意味からも、『北部への移住の季節』という間の抜けた(失礼)表題をつけている『学問の死』は、この小説理解にとっても、かけがいのない貢献をしてくれている。スピヴァクの読みの深さに圧倒される。

ちなみにタイェブ・サリ『北部への移住の季節』ではなく、タイーブ・サーレフの『北へ遷りゆく時』は、コンラッドの『闇の奥』のアフリカ版(英国が闇の奥となる)であり、そこにはハムレットやオセローの影が濃厚でもあり、西洋文化にも突き刺ささることが多い、ポストコロニアル小説の古典ともいうべき作品であり、当然、エドワード・サイードもこの作品を扱っている――『文化と帝国主義』(大橋洋一訳、みすず書房)のなかで。

スピヴァクの『ある学問の死』の共訳者のお二人は、それぞれの専門分野で立派な業績をあげられている研究者でもあるので、私(大橋)の翻訳したものなど、バカにして見向きもしないかもしれないが、大橋訳のサイード『文化と帝国主義』をみていただければ、サイードが詳しくサーレフの『北へ遷りゆく時』を論じていること、私の翻訳が、きちんと日本語訳の情報を示していることがわかったはずで、「タイェブ・サリ『北部への移住の季節』」という思わず吹き出してしまいそうな(失礼)表記は『ある学問の死』では出現しなかっただろうと思われる。

なおこれは自己宣伝だが、サイードの『文化と帝国主義』は二巻本としてみすず書房から刊行されていたが、今年の年末か来年のはじめに、一巻本の新装版としてみすず書房から刊行予定である。スピヴァクの『北へ遷りゆく時』論と、サイードの『北へ遷りゆく時』論とを比べてみるのも面白いかもしれないので、興味をもたれた方は、読んでいただければと思う。


付記:セアラ・バーントハートと、サラ・ベルナールについてのエピソードは、嘘である。バーントハート、ベルナールの話はこのブログの別のところで、英国で米国のテレビドラマをみてのこととして伝えている(それはほんとうの話)。英語読みされたので誰のことかわからなかった名前が、誰の名前であったのかどうしても思い出せなかったので、サラ・ベルナールの例をアレンジして使わせもらった。
posted by ohashi at 23:06| 翻訳セミナー | 更新情報をチェックする