2021年07月21日

不謹慎


その不謹慎な発言は、7月9日深夜のニッポン放送「霜降り明星のオールナイトニッポン」で聞かれた。静岡朝日テレビの宮﨑玲衣アナウンサーが雨女だという話題になり、漫才ペアの「霜降り明星」の一人「粗品」(向かって右側)は「熱海が終わった。雨で、宮﨑アナのせいで」と指摘し、7月3日に熱海市で発生した大規模土石流に触れたブラックジョークを語ったつもりだったらしいのだが、死者・避難者が出で、まだ行方不明者の捜索が続いていた時点で(と記憶するが)、この大規模土石流を生んだ豪雨をお笑いのネタにするのは不謹慎であって、粗品は番組中に陳謝したとのこと。それでもSNS上は大炎上し、ニッポン放送社長が7月14日オンライン会見で遺憾の意を表明し、粗品が同番組プロデューサーから厳重注意されたことを明かした。

べつに弁護するつもりはないが、この程度のことで、不謹慎というのは、度が過ぎる非難ではないかと思う。別に、その女性アナウンサーが今回の豪雨の原因になったわけではないし、避難者や死傷者のことをバカにした発言ではなかったからだ。ユダヤ人ホロコーストをジョークにしたわけではないのだから。

またこの程度のジョークも不謹慎といわれたら、お笑いの幅がせまくなる(べつに毒のある笑いとか差別的笑いを肯定するつもりはないが)。しかし、問題は、そこではない。もしこれを不謹慎というのなら、粗品も、不謹慎であることを謝罪したうえで、反攻に出てもよかったのではないか。

残念ながら、そんな根性はなかっただろうが、しかし、これこそが、体制側が最も恐れていたことなのだ。

つまり、不謹慎であることを謝罪したうえで、だが、もっと大きな不謹慎があるのに、なぜ、そちらを糾弾しないのかと、粗品も、声を大にして叫べばよかったのだ。

コロナ禍で感染爆発が起きて、感染者の数は増加の一途を辿り、毎日、重症者、死者が出ているのに、そんなかでオリンピックを開催するというのは、死者への冒涜の極み、不謹慎の極みではないか。いつから日本人は、こんな不謹慎を許すような、愚劣な民族に成り下がったのだ。

オリンピックは、お笑いではなく、国際的行事だというのなら、なおのこと、不謹慎である。お笑いは不謹慎なものとなることが多いが、国際的な行事なら、不謹慎であっては絶対にならないのだ。もし、自分が重症化しても、入院できず、自宅治療という名の放置状態に置かれていたら、もし自分が、あるいは自分の家族が、入院できずに放置され殺されたのなら、あるいは入院しても充分な治療を受けられないまま死ぬことがあれば、私は、管総理をはじめとする政権の人間、オリンピック関係者、アスリートを絶対に許さない。彼らは傍若無人なまでに不謹慎であるからだ。許される冗談と許されない冗談があるのと同様に、許される不謹慎と、許されない不謹慎があるのだ。


posted by ohashi at 21:08| パンとオリンピック | 更新情報をチェックする