2020年01月01日

日本初の無線リモコン・テレビ

テレビ番組「志村&所の戦うお正月2020 ★ニッポンいつの間にか消えたもの大捜索SP」 (午後0:00~午後4:30 テレビ朝日)をみていたら、昭和時代の消えた家電を紹介するコーナーで、1959年ビクターから発売された日本で最初の無線リモコンテレビを紹介してた。

私は子供のころ、我が家にはそのリモコンテレビがあった。光線式というのは、子供向け特撮SFドラマに出てくるような、大きな光線銃(銃といっても片手で扱うハンドガン形式)で、リモコン装置というよりも、まさに玩具(今調べたら、ネット上にも、この光線銃方式のリモコン装置を紹介しているサイトがあったので、画像はそこで確認してもらえればと思う)。

ビクターの製品だったとは覚えていなかったが、ただ、東芝関連の製品を扱う会社(東芝とか東芝の下請けではない)に父親が勤めていたので、家には東芝の電化製品が多かったのだが、テレビやオーディオ製品はビクターのものがいいと父親が言っていたことの記憶はあって、ビクターの製品だったと知って納得はした。

あと当時は自宅にテレビを持つ人は少なかったから話題にならなかったというようなことを書いているネット上の記事もあったのだ、それは嘘。私の家はテレビを買うのは遅かった。お金がなかったから(それまでは、近所のお金持ちや裕福な友人の家にテレビを見せてもらいに行っていた)。だから光線式リモコン・テレビを父親が買ったとき、テレビはかなり普及していた。1964年の東京オリンピックでテレビが普及したのではないかと言われたりするのだが、それはちがう。1964年に普及したのはカラーテレビ。テレビそのものはもっと前から普及していた。

ちなみに、このテレビ番組でも紹介されていたが、この光線式リモコンは、誤作動も多かった。光線を受光器にあてると、それで手動で回転するチャンネル・スイッチ部が自動的に動く仕組みなのだが、回転しても狙ったチャンネルで止まってくれなかったことも多かったように記憶する。広い家に住んでいたわけでないので、すぐに光線式リモコンを使うのはやめ、それまでどおり手動でチャンネルをまわしていた。なんの不自由も感ずることなく。ただテレビの本体は、それこそ東京オリンピックの頃、カラーテレビに買い替えるまで使っていた。なつかしい思いである。正月早々。
posted by ohashi at 13:35| コメント | 更新情報をチェックする