カクシンハンの『ロミオとジュリエット』、一日限りの東京公演(絵空箱)をみる。これは11月3日から5日まで、カクシンハン主宰・木村龍之介氏の生まれ故郷である大分・玖珠町立わらべの館にて上演され、東京では1日限りの上演、一日3回公演となる。幸い、その日は一日あいていたので、また夜の回は満席だったので、午後1時の回でみることになった。
この公演の唯一の欠点は、公演場所の絵空箱が、英語英米文学関係で名高い出版社の近くというか、すぐ隣じゃん、であること。この出版社には不義理をしていて、その前をあせって素通りした。
「絵空箱」は、有楽町線江戸川橋にあるカフェバーで、演劇やダンス、パフォーマンス、
音楽ライブ、映像の試写会、絵画や彫刻等の個展などに貸し出されているとのこと。カクシンハンあるいは木村氏の好みかもしれないが、ピアノのあるサロンでの、ピアノ伴奏による朗読劇という体裁をとりながらの『ロミオとジュリエット』の上演で、くつろぎの空間でゆったりとした気分でみるパフォーマンスにこだわってか、当日は、ワンドリンク無料券が配られた。
このコンセプトは悪くない。たとえばブレヒトにとって理想の観劇とは、スポーツ観戦であって、選手のプレーに一喜一憂するというより、選手のプレーをわいわいがやがや講評しながら見ることこそ、劇の異化効果を最大限引き出す方法だった。サロンでの、ゆったりとした気分での観劇も、ある意味、どんなに舞台が熱く盛りあがっても、クールに知的に受容することを意図しているのではないだろうか。
ポケット版なので、ピアニストを除くとカクシンハンの4人で『ロミオとジュリエット』を演ずることになる。4人はカクシンハンのベストメンバーであり、河内大和、岩崎Mark雄大、のぐち和美、真以美。河内大和は、佐々木蔵之介主演の『リチャード三世』にも出ていたが、存在感のある俳優だが、ハムレットは似合っていても、河内ロミオが実現したら、ちょっと違和感があるので、今回は岩崎氏がロミオで、河内大和は脇にまわるという、ある意味ととても贅沢なパフォーマンスであった。
少人数で大きな作品を演ずるというのは、私はあまり好きではない。どうしても要約になり、また省略が多くなるからだ。だからKAATで観た『オーランドー』も、評判の舞台だったが、個人的には好まなかった。もちろん例外もあって昨年、世田谷パブリックシアターでみた野村萬斎版の『マクベス』は、5人で上演するもので、マクベス夫妻はそのまま、残りの役柄を3人の男性が演ずることになるが、この3人が3人の魔女の変容体でもあるということで意味付けはじゅうぶんにあり、また全体にお金をかけた大スペクタクルを展開したので、満足度はたかかったし、海外での公演も、この和風スペクタクルは、うけるだろうと納得できた。ところが毎年日本にやってきて5,6人の俳優でシェイクスピア劇を上演する、それも地域の公会堂以外に、いろいろな大学のキャンパスでも上演する劇団があるのだが、それは正直言って面白くない。演劇としてそんなにすぐれているとも思えない。やはりセンスの問題だろうか。カクシンハンの上演は、ポケット版という少人数による上演で、省略も多いのだが、そのセンスのよさで圧倒するし、省略があっても、シェイクスピア作品をまとまったかたちで受け止めたという達成感をもたせてくれる。それは、サロンでのピアノ伴奏付きの朗読からはじまって、いつしかそこがロミオとジュリエットの物語を幻視する空間へと変貌をとげるという構成となる。朗読にうながされて、観客は、そこに恋人たちの悲運の物語をたちあげることになる。
演出のすばらしさを例にあげればきりがないが、たとえば、最後に二人が死ぬ場面。最初にロミオが毒を飲んで死ぬ。このとき岩崎/ロミオは立って死ぬ。現実には立ったまま死ぬということは、ありえないのだが、ここでは立ち姿の死というのは妙に説得力がある。そしてつぎにジュリエットが短剣で自害して、ロミオに、まさに寄り添うようにして、これもまた立って死ぬ。二人の死が、二人の寄り添う立ち姿となって結実する。これは原作において最後に予言されている死んだ二人を記憶に残すための黄金の立像への暗黙の言及であろうが、同時に、立ち姿の二人の死は、二人が死ぬことによって、伝説あるいは神話的存在となり、まさにサロンの装飾的な彫像化することも暗示している。またこの暗示性は、さらにいろいろな解釈や意味を引き寄せることになろう。こうした演出あるいは構成は、イギリスからやってくる中途半端な劇団の上演など足元にも及ばぬ芸術性あるいは演劇性を獲得している。
なお金曜日の午後なので、観客には私のような年寄りも多くいたのだが、若い人から中高年までに愛される上演となっているのは、カクシンハンの将来の大いなる可能性を暗示しているように思う。
追記
公演のあと、時間があったので大学に立ち寄ることにした。研究室にむかう途中、知り合いの学生にばったり出会った。彼女をうらやましがらせようと、いまカクシンハン公演をみてきたばかりだと話したら、その公演のことは、知っていたが、金曜日は授業があって見に行けなくて残念だということだった。ただ、ただ?、ワークショップには出席したとのこと。え、ワークショップ? そう、カクシンハンの木村龍之介氏は、公演に先立ってか、公演とは別個に演劇ワークショップを開催していて、そこに参加したとのこと。複数回。しかも彼女から聞いた限りでは、あと私の知っている二人の学生も参加していた。はっきりそうだと言っていなかったが、どうも、私の授業よりも、木村氏のシェイクスピアのワークショップのほうが面白いみたいで、軽い嫉妬すら感じている今日この頃である。