2017年03月27日

『あなたの人生の物語』

テッド・チャンのSF中編あるいは短篇「あなたの人生の物語」’Stories of Your Life’がドゥニ・ヴェルヌ―ヴ監督によって映画化された。原題 Arrival 。日本語タイトル『メッセージ』。


まあ私はSFの研究者でも、またファンといえるほどの者でもなくなっているが、テッド・チャンの短編集の翻訳『あなたの人生の物語』は、2003年書店でみつけて購入、最初のバベルの塔の話を読んだ。天上目指して上に登っていったら下に出たという話(ネタバレだったのかもしれないのでお詫び)。まあ、こんなもんかと思って、その後の作品を読まなかった。


今回映画化されたと知って、あわてて文庫本を引っ張り出したといいたいのだが、文庫本はどこにいったかわからなくなった、そのため新たに購入した。金持ちといわれてもこまる。960円の文庫本だから。しかし、いま、あらたに文庫本を買いなおすというのは、珍しいのかもしれない。それも変わり者の。一般読者、学生問わず、本などめったに買わないなだろうから。一度買った本をもう一度買うというのは大学の教員くらいだろうから。


「あなたの人生の物語」を読んでみたら、たしかにとんでもない傑作で、しかもSFSの部分が、言語学とかコミュニケーション論であるので、私にもなんとか理解できる。最近のハードSFでは、どんなに想像力をはたらかせても、イメージすらわかないものがあって、自分の科学知識のなさに唖然としたことがあるが、これはハードなSFではないし、Sの部分が、どちらかというと人文知に近い。また謎の異星人との接触とコミュニケーションと同時に、あなたの人生の物語――女性の主人公とその娘の、こじらせ要素が強い物語――が未来完了形のようなかたちで語れるという二段構えの構成もよくできている。


実際、最近の私の関心は、アダプテーションと言語行為なのだが、アダプテーション関係の論文「未来への帰還」についても最新版を完成したばかりだし、また言語の遂行性とか言語ゲームといった問題を考え続けていたので、この作品から多くのヒントを得ることができた。もっと早く読んでおけば、論文「未来への帰還」にとりこめたはずだが。「バビロンの塔」だけで終わらずに、先を読むべきだった。またバビロンの塔については上に行ったら下にでたというのは、「あなたの人生の物語」にも適用できる現象だし、私のアダプテーション論というのも、未来にある到達点が出発点であり帰還であるという「未来への帰還」という同じ現象であって、アダプテーションを考えるとき、メビウスの輪のような構造を念頭に置くのだが、これは私自身、テッド・チャンの作品から影響を受けていたからかもしれない。


ただし「あなたの人生の物語」は面白い作品なのだが、これをSF映画にするというのは可能なのか。ドゥニ・ヴェルヌ―ヴの監督の映画は『灼熱の魂』は、もともと戯曲の映画化だが、もとの戯曲は日本でも翻訳上演されて評判になった作品である。『プリズナー』はローガン/ウルヴァリンでは満足できなかったヒュージャックマン・ファンに歓迎されたし、『複製された男』は結局何だったのかよくわからなかった映画だが、不条理な世界がなんとも不気味でよかった。ただ、残念ながら、この映画で、この監督は終わったなと思ったが、終わっていなかった。つづく『ボーダーライン』では、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』で、男っぽい役を得て魅力を増したエミリー・ブラントが女性捜査官として、その男っぽい魅了を継続するのかと思ったら、男に利用されるだけでの、バカ女の役で、これはひどい。ほかの点では不気味でグロくて、また不穏な世界ゆえに『ボーダーライン』は評価が高いのだが、エミリー・ブラントの魅力を殺したので、この監督には、これで終わってくれと思っていた。ところが今回の大作SF映画のようだ。


原作を読めばわかるのだが、この内容のSFSF映画にすることは、ちょっと無理ではないだろうか。まあ勝手にいじくりまわして、盛りに盛って、スペクタクル巨編にするのだろう。よくできたSF作品を勝手に別物に変えてほしくない。ストロガツキー兄弟の『神様はつらい』から、『神々のたそがれ』(日本で勝手につけたタイトルだが)という、わけのわからないグロテスクなSF映画というよりもファンタジー映画をつくったアレクセイ・ゲルマンの作品みたいなことになるのではないか。ゲルマンの作品は、結局、不条理なまでのグロテスクさで評価が高いのだが、誰も原作を読んでいないから、暢気に褒めていられるのであって、いくら、私がアダプテーションを評価する立場にあるとはいえ、原作のもつ社会批判性をまったくそぎ落としたグロテスク映画には正直うんざりした。だいたい、あれほど唾を吐く映画というのは空前絶後だろう。たぶん、それと同じようなことがドゥニ・ヴェルヌ―ヴ監督の今度の映画にも言えると思う――また見ていないし、観るつもりもないが。


posted by ohashi at 06:28| 文学 | 更新情報をチェックする