2015年11月15日

『コードネームU.N.C.L.E』2

ガイ・リッチーの前作『シャーロック・ホームズ』二作は、ホームズとワトソンとの間にゲイ関係を想定し設定していて、そこがよかったのだが、今回もナポレオン・ソロとイリヤ・クリヤキンの間にゲイ関係が設定されているように思われる。

ソロはプレイボーイで、およそゲイとは関係ないと反論されるかもしれない。しかしイリヤは怪しい。エディプスコンプレックスがあるという設定だが、裏をかえすと、それはマザコンであり、父親を憎み、もしくは父親にコンプレックスをいだき、母親を愛するゲイは多い。もちろんイリヤも作戦とはいえ婚約者としてふるまっている女性を愛し始めるように思われる。ここにはゲイ的要素はないと、反論されるかもしれない。だが、バディ物でも、この二人は、とくに仲が悪い。CIAとKGBのエージェントであって、水と油、隙あれば相手を殺してもよいとさえ命令されている二人である。たとえばテレビ版『ナポレオン・ソロ』の二人とは雲泥の差である。つまりこの映画のパタンは、いがみ合い、けんかしながら――実際、けんかどころか殺し合いでもあるが――、最後に互いに相手を認め合い、深い絆で結ばれるというパタン。けんかしているが、実際それは愛の裏返しという異性愛パタンと同じである。だが、それだけでは、有意味な証拠なり決定的な示唆とはならないと考えるなら、イメージが補ってくれる。

ゲイ映画において、男性器を自分で触ったり、他人が触ったりする場面はゲイ的要素を強く喚起する。たとえばニール・ジョーダン監督の『クライング・ゲーム』。IRAが人質にとったアメリカの黒人兵の排尿シーン。フォレスト・ウィッテカー扮する黒人兵は縛られているために自分で排尿できないので、見張り役の男がチンポコを出してやって小便をさせる(見張り役の男は確かスティーヴン・レイだったと思うが)。やがてこの黒人への愛人を訪ねていくと男性だったというように物語が展開していた。ただし男性が別の男性の性器に触れること自体、すでに直接的にゲイ・シーンである。しかし男性が自身の性器に触れる機会というのは、オナニー以外にもたくさん日常的に存在する。男性用トイレである。トイレの場面というのは、多くの場合、ゲイ的関係あるいはゲイ的示唆を伴うものとなる。

そしてここにトイレのシーンが二度も出てくる映画がある。二度も。最初はゲイ関係を暗示し、二度目はエクスプリシットにゲイ関係を示す。いずれも男性用トイレのなかで。そして、それがほかでもない『コードネームU.N.C.L.E.』である。

ソロがCIAの上司に連れられて男子用トイレに入ると、そこにKGBの幹部とイリヤ・クリヤキンが待っていて、イリヤは突然ソロを襲い、トイレを壊しながらの立ち回りが展開する。イリヤはソロのバックをとって、後ろから羽交い絞めにする(テレビのコマーシャルでも使われていたシーンである)。その前に(前夜だったか?)ベルリンの壁を超えて大立ち回りをして逃げられたイリヤにしてみれば、ソロに一矢報いてやりたいという気持ちはわかるので、米ソの諜報機関が一時的に協力関係を結ぶ前に、暴れるのだが、トイレでの羽交い絞めは、暗示性が大きすぎる。

そしてそれだけでも足りないとばかりに、イリヤがたまたま立ち寄る、レーシング場の男子トイレで、イタリアの若い貴族が若い男性の愛人といちゃついている場面が加わわる。そのトイレで、じゃまだから出て行けと横柄な態度で言われたイリヤは、怒りを爆発させて、その傲慢なイタリアの若いクズ貴族をぼこぼにする(その場面は出てこないのだが)。男性用トイレと同性愛との関係が、ここで確立する。

だが、考えるまでもなく、トイレの話をしなくても、この映画は海とか水の場面が多く、そしてそれがバディ物であるのなら、それだけで同性愛的な暗示は、もうじゅうぶんにあるといえるだろう。

なかでも港湾内をモーターボートでイリヤとソロが逃げるというか、追い回されるシーンがある。ソロのほうは、ボートから海に飛び込んで埠頭に逃れ、ボートを操縦するイリヤだけが警備艇に追い回されることになる。埠頭に停車している無人のトラックの運転席で一息入れるソロ(カーラジオのスイッチを入れ、ドライヴァーズ・シートにあった弁当を食べてひといきつくのだが)。ここでソロはイリヤを見捨てたかにみえるのだが、一息入れた後、そのトラックごと、警備艇に埠頭の上から体当たりして、最終的にイリヤ(もう意識を失い水中を漂っている)を助けるのだが、このシーン、二人の絆がしっかり結ばれる海・水のシーンというだけではない。

カーラジオから流れている曲が、そのシーン全体のBGMにもなるのだが、ペッピーノ・ガッリャールディPeppino Gagliardiが歌うところの“Che vuole questa musica stasera”(イタリア映画『ガラスの部屋』(1970)の主題歌でもあった。1970年の曲だった60年代最後ということか)。この歌を知らないという人もいるかもしれないが、「ヒロシです」のBGMといえば、たぶん誰でもわかるにちがいない。まあ失恋・愛の歌である。この歌が大音響で映画館に流れ、そのなかで水のなかでの二人救出劇が展開する。これをゲイの愛のシーンでないというのなら、おじさん/おじいさんは、ほんと、怒るぞ。

付記 もちろんアーミー・ハマー出演の映画『Jエドガー』(クリント・イーストウッド監督)を忘れたわけではない。FBIの長官のゲイの愛人役としての彼は、今回の映画のようにJエドガー/ディカプリオと取っ組み合いのけんかをするシーンがあった。

posted by ohashi at 17:08| 映画 | 更新情報をチェックする