現在、世田谷パブリック・シアターで、シェイクスピアの『トロイラスとクレシダ』を上演中で、私が見た限りでは、りっぱな優れた舞台だと思った。これについて書きたいのだが、その前に、トロイ戦争はなぜ起こったのかを確認しておきたい。原因は集団的自衛権である。
ためしにWikipediaの「メネラーオス」の項目を調べてみる。
メネラーオスはスパルタ王の娘ヘレネーに訪れた数多くの求婚者の一人である。この際、ヘレネーの父であるテュンダレオースは大勢の求婚者のうち誰を選んでも恨みを買う恐れがあるので誰を婿にするか迷っていたところ、オデュッセウスが「誰が選ばれるにせよ、その男が困難に陥ったときは全員が力を合わせてその男を助ける」と誓わせた。そして、メネラーオスがヘレネーの夫となり、スパルタ王の後を継ぐこととなった。
その後、トロイアの王子パリスがヘレネーを連れて逃げ、メネラーオスから相談を受けたアガメムノーンはオデュッセウスの誓いを持ち出してトロイアに戦争を仕掛ける。この際、アガメムノーンが総大将、メネラーオスは副大将となった。
これでみると、集団的自衛権の発案者はオデュセウスのようだが、ただ彼が諸悪の根源かどうかわからない。同じWikipediaの「ヘレネー」の項目には、こうある、
ヘレネーの結婚に際しては、求婚者がギリシア中から集まった。ヘレネーの義父テュンダレオースは、彼らの中の誰を結婚相手に選んでも、それ以外の男たちの恨みを買う恐れがあるため、あらかじめ「誰が選ばれるにしても、その男が困難な状況に陥った場合には、全員がその男を助ける」という約束をさせ、彼らの中からメネラーオスを選んだ。
メネラーオスの妻となったヘレネーは、イーリオスの王子パリスの訪問を受けた。パリスは美の審判の際に、アプロディーテーからヘレネーを妻にするようそそのかされていたのである。ヘレネーはパリスに魅了され、娘ヘルミオネーを捨てて、イーリオスまでついていってしまった。
メネラーオスとその兄アガメムノーンらは、ヘレネーを取り返すべく、求婚者仲間たちを集めてイーリオスに攻め寄せた。元求婚者たちは、前の約束があるためにこれを断ることができず、トロイア戦争に参加した。
と、集団的自衛権の発案者は、ヘレネーの義父である。なお日本版Wikipediaかは、これ以上詳しい情報は得られないので、集団的自衛権の発案者は、誰かは調査中。
妻ヘレナ【英語読みですみません】を奪われたのはスパルタの王メネラオスである。ヘレナ奪還のためにメネラオスのスパルタ軍とその兄のミュケーナイ王アガメムノンとが、トロイと戦争をするのは、ある意味、当然のことかもしれない。しかし、その戦争に、ギリシア全土の国が巻き込まれるのは、ヘレナの元求婚者たちが争わないように、助け合うようにと設定した集団的自衛権のなせるわざである。
安倍首相がこの例をテレビで使わなかったのは、かえすがえすも残念である。もっとも使ったらたいへんなことになっていただろうが。なにしろこの集団的自衛権によって、トロイに大軍で集結したギリシア連合軍は、すぐに戦争で決着をつけることができず、戦争は10年にも及び、当然、長びく戦争によって、おびただしい犠牲者が出たことは想像にかたくない。シェイクスピアの『トロイラスとクレシダ』は、トロイ戦争の10年目、厭戦気分漂う戦争末期の世界を描いている。
卑劣な戦略によってトロイ側は敗北し、その城塞都市国家は徹底的に破壊しつくされ、トロイの王族のうち生き残った女性たちには悲惨な戦後の運命が待っていた。だが戦争は勝ったものにも何ももたらさなかった。総大将のアガメムノンは、帰還後に、妻とその愛人によって殺害される(娘イピゲネイアを生贄に支えたことが妻の怒りをかった)。そして父親を殺した母を、息子オレステスが殺害する。まるでギリシア悲劇の世界である。
妻ヘレナを寝取られた、あるいは奪われたことの復讐のための戦争に、集団的自衛権ゆえに、ギリシア全土が巻き込まれ、多大の犠牲を払うことになった。ホメロスが叙事詩で歌っ世界である。神々と人間とか同居していた、世界の始まりの神話的世界において、もっとも悲惨な戦争は、集団的自衛権の存在によって始まった。この教訓を、なぜ世界は学ばなかったのだろうか。なぜこのような集団的自衛権をふりかざす愚を人類は肝に銘じなかったのだろうか。
ちなみにトロイ戦争については、ギリシア神話の一部なのでギリシア軍を肯定的にとらえるイメージがあっておかしくないのだが、また複雑な歴史を単純化していうしかないのだが、どちらかというとトロイ側に、つまり敗北したトロイを肯定的にとらえるイメージのほうが強い。シェイクスピアの『トロイラスとクレシダ』はそうである(ギリシア軍は腐敗している)。あるいはギリシア軍は集団的自衛権によってトロイに押しかけ、結局、最後にはそこを侵略し蹂躙する、帝国主義的戦争をしかけたというイメージもある。集団的自衛権は、自衛権の美名のもとに、侵略、強奪、破壊を正当化する最低最悪の悪魔の戦略である。だからこそ、トロイ戦争後に、ギリシア側に悲惨な不幸がつぎつぎと襲い掛かる(ギリシア悲劇に数々の題材を提供した。もっともギリシア悲劇もまた、同時代のギリシア、都市国家アテネが巻き込まれる集団的自衛権への批判であったともとれる)。なんによせ、勝者のギリシア軍の悲惨な運命。集団的自衛権の口実のもとに侵略戦争をしかけたギリシア軍を、ギリシアの神々は許さなかったのである。
