2023年11月06日

『尺には尺を』-1.0

新国立劇場における『尺には尺を』公演において、元東京都知事の観劇態度の悪さを報告したSNSでのコメントが話題になっている。【ちなみに私はまだ観ていていないが、観劇予定はある】

以下は、観劇していなかった元東京都知事の舛添要一氏に関するネット記事。
舛添要一氏 観劇マナー問題あらためて否定 「国会議員は実名で言うべき。こういう悪い態度でしたと」
スポーツニッポン新聞社 2023年11月05日

前東京都知事で国際政治学者の舛添要一氏(74)が5日、ABEMA「ABEMA的ニュースショー」(日曜正午)にコメンテーターとして生出演し、SNSなどで話題となっている“観劇マナーの悪い元東京都知事”についてコメントした。

演劇評論家がSNSで、10月28日に新国立劇場で行われた舞台「尺には尺を」を観劇した人からの情報として、「客席の元都知事が、傍若無人、足は投げ出す、お菓子の紙はチリチリポリポリが止まず、老婦人が制してやっとやめたとのこと。『おもてなし』とかチャンチャラおかしい縁なき衆生の醜態」と紹介。同舞台を観劇していたというラサール石井も、自身のSNSで「観劇態度は最悪。色の濃いサングラスに黒で統一した格好で身体を揺すりながらヤカラのように歩き、劇場にはふさわしからぬ出立ちでめっちゃ目立ってた」と投稿していた。

存命の都知事経験者は舛添氏と、日本維新の会の猪瀬直樹参院議員だけと紹介されると、スタジオには大きな笑いが起こった。【中略】舛添氏はスタジオでVTRを見ながら、あらためて「私、行ってませんから」と笑って否定。【中略】

SNSでの一連の告発について、舛添氏は「要するに、猪瀬さんって現職の国会議員なんですよ。私は普通の人だから、いじくられても困るけど、普通の国会議員は実名で言うべきなんですよ。“猪瀬国会議員がこういう悪い態度でした”と」と指摘。公人に対する問題告発は実名にすべきだと訴えた。【以下略】

舛添要一氏の主張は、正しくて、国会議員という公人であるからには、実名を示すべきであり、なぜ「元東京都知事」というあいまいな表記にしたのか。猪瀬氏が国会議員だから遠慮したのなら、その判断はまちがっているし、もし猪瀬氏か舛添氏に似た人で確信をもてなかったらのなら、そう述べるべきであり、もしかしたら二人とは全く別人かもしれないとしたら、二人のどちらにも迷惑をかけることになる。これは無責任な投稿ともいえる。SNSに挙げるマナーそのものが悪いことはぜひとも指摘しておかねばならない。

もし猪瀬氏の観劇態度がそのとおりだったら、観客として相当ひどく周囲の者に不快感をあたえることは間違いない。劇場に行くとそうした観客におめにかかることはある。

まあ性格上の問題かもしれないが、同時に、気に入らないことがあると、そのうっぷんを、そうした粗暴な行為ではらすことがある。これは本人も無意識でしていることが多く、またなにかの不満がこうした粗暴で無礼な迷惑行為の引き金になることは、けっこう普遍的ではないかと思っている。子供じみていても、人間は一皮むけば大人でなくてわがままな子供に過ぎないのだから。

元東京都知事で猪瀬国会議員かもしれない人物が、なにかいやなことがあって機嫌が悪くなり、観劇態度が悪くなったのかもしれないが、そんな別の場所で別の時間で起こった不快な出来事ではなく、むしろ観劇そのものが不快であった可能性のほうが高い。芝居などみたくもなかった。それもシェイクスピアの翻訳劇などみたくもなかった。それもシェイクスピアのなかでも知名度の低い芝居などみたくもなかった。時間の無駄だと思う。付き合いで劇場にきてしまったが、おもしろくない。それで……、周囲に迷惑と不快感をあたえる行為に及んだのかもしれない。

元東京都知事で現国会議員かもしれない人物が、このような粗暴な態度にでたのは、観劇前か観劇途中か観劇後のどの時点なのかによって変わるのだが、もし観劇中か観劇後であるのなら、つまり芝居を見ての反応ならば、芝居が機嫌の悪くなる原因かもしれない。

以下は、正直、うがちすぎの意見なのだが、

シェイクスピアの『尺には尺を』は、シェイクスピアの作品のなかで珍しく為政者の腐敗を描いている。もちろんシェイクスピア作品にはいろいろな君主や為政者が登場し、有能で高潔・高徳の士であったり、無能であったり悪辣であったりとさまざまなありようを示すのだが、悪しき為政者のなかで、『尺には尺を』のアンジェロは、天使にちなむ名前ながら悪魔にちかく、謹厳実直で高潔な人柄ゆえに公爵から代理職に任命されたあとは、見習い修道女(よりにもよって)の色香にまどい悪徳為政者、独裁者となって、腐敗した政治家の権化となってゆく。白さなのなかに隠れている邪悪な黒さ、あるいは悪臭を放つ腐ったスミレ。

別に猪瀬直樹国会議員が、『尺には尺を』の悪徳政治家アンジェロに近いというつもりは毛頭ない。ただ、腐敗した政治家に対する嫌悪感や不信や蔑視の空気を濃厚に漂わせているこの作品は、政治家にとっては居心地の悪い作品であったかもしれない。機嫌が悪くなって周囲に不快感を抱かせる行為におよぶ。そしてみずからが政治家の傲慢さの典型になりおおせてしまった。もしそれが猪瀬直樹議員だとしたら、みずから悪役をかってでてしまったということになる。

なおシェイクスピアの『尺には尺を』は基本的に喜劇なので、腐敗した為政者に対して、それを裁き成敗する水戸黄門的人物が登場する。この芝居のなかで猪瀬直樹は時代劇によくある、そして水戸黄門に罰せられる悪代官にみずからを見立てて不快になったのかもしれない。繰り返すが、この芝居のなかでアンジェロは公爵代理、つまり代官。そして悪代官。
posted by ohashi at 16:40| コメント | 更新情報をチェックする