2023年03月11日

『トップガン・マーヴェリック』1

『トップガン・マーヴェリック』は今年に入って初めて観た。コロナ禍で映画館に足を運ぶのがためらわれたのと、映画に登場するF-18戦闘機があまり好きではないからだった。

今回、テレビでも放送された(地上波かBSだったか忘れた)こともあって、多少のネタバレがあっても許されるだろうと思い、自由に感想を記すことにした。

1.ダークスター

映画の最初は、実験機でマッハ9やマッハ10を超えるというような話になって唖然。SFファンタジーかと我が眼を疑った。人工衛星などが成層圏外の飛行でマッハ10を超えることは珍しくないが、大気圏内の高層でこれまで実験機が出した最高速度はマッハ6くらいで、マッハ10というのは想像を絶する速さ。

されにエンジンもタービンジェットからラムジェット(その発展型のスクラムジェットが使われた)というのも驚いた。ジェットエンジンは、吸引した空気を圧縮機で圧縮してからそこに燃料を噴射して点火する。しかしマッハを超えた高速飛行をすると空気圧縮装置がなくても吸引した空気が圧縮される。そのため圧縮機にタービンといった機構が不要になる。ラムジェットあるいはその発展型のスクラムジェットは、ターボファンジェットより機構が簡単である。ただしマッハ3を超える速度で飛ばないと使えない。

これが実験機ダークスターで使われている。ちなみにこのダークスター、架空の実験機だが、実際に使われていてもおかしくないほど、けっこう洗練されたかたちをしている。ロッキードではSR-71の後継機となるような無人の偵察機S-72を開発。このSR-72とダークスターはそっくりである。違いは、ダークスターは有人機なのに、SR-72は無人機ということ。Wikipedia日本版の記述を参照。

最高速度マッハ6を発揮する双発の極超音速無人偵察機として計画されており、1960年代にスカンクワークスが開発した戦略偵察機SR-71(こちらは有人)の後継機として扱われている。(中略)全長は30mほどで、極超音速飛行時に用いられるデュアルラムジェットエンジンの他に、離陸後にマッハ3まで加速する為に使われるジェットエンジンを搭載している。(中略)開発計画は2013年に公表され、試作機の完成は2018年を、実戦配備は2030年を予定している。


映画のなかではダークスターが開発中止、かわりに無人機開発の方針が出されるのだが、方針転換に不満なトム・クルーズや開発チームが、マッハ9とか10といった速度記録を出せば予算が降りると考え、急遽、むりな速度記録挑戦に及ぶというの物語の流れとなる。

冷静に考えれば、有人の超音速機は、AIを搭載した無人機にとってかわられて当然である。マッハ10を出そうかという軍用機、それも有人軍用機を、もし採用したら維持費が莫大なものとなりパイロットの訓練費用もばかにならない。そのため無用の長物化は避けられないだろう。開発中止は賢明な選択である。しかし映画のなかでは開発チームとテストパイロットのトム・クルーズは、軍の方針に逆らい有人航空機にこだわっている。しかし無人機のAIか人間のパイロットか、どちらが優れているかというのは映画のテーマのひとつでもあるのだが、その後の物語のなかで深化しているように思えない。

なおマッハ10を達成したダークスターは、さらに速度更新をめざすトム・クルーズの無茶な挑戦によって空中分解を起こす。なんとか脱出してパイロットであるトム・クルーズは助かるのだが、マッハ10で脱出というのは、特殊な脱出装置を装備していないと、たとえ脱出しても死はまぬがれない。そうなのだ。この映画の弱点のひとつが射出方法である。

マッハ10で飛行するダークスターからの通常の射出座席による脱出は、おそらく不可能であろう。機が減速すればいいのだが、映画ではマッハ10で空中分解を起こしているように思われる。射出方法に対する無知は、映画の終わりのほう、パイロットが戦闘機から脱出するとき高度が足りないから上昇する場面に端的あらわれている。いまのジェット戦闘機が装備している射出座席というのは緊急時にパイロットを座席ともども機外に爆薬によって放り出す装置である。しかもゼロ・ゼロ射出座席。つまり高度ゼロ、速度ゼロでも射出できる。そのため地上で停止し駐機していても、座席をパラシュートが開く高さまで飛び出させることができる。このことを映画は知らないように思われる。

映画そのものは、マッハ10の速度記録を出すことに成功するものの、その直後、機体が分解し、パイロットは脱出して、なんとか地上に降り立つという物語に固執している。この展開を、映画は、どうしても織り込みたかったのだろう。

なぜか? そう、なんとなく既視感というか、思い出されることがある。危険なテスト飛行をして、機体が壊れ、からくも脱出に成功したパイロットが、ぼろぼろになって地上に降り立つ……。

2. チャック・イェーガー

チャック・イエーガー(チャックは愛称)という伝説のアメリカ空軍パイロットをご存知だろうか。ヒコーキ・ファンなら知らぬ者はいないと思われるのだが。Wikipedia日本版を引用すると:

チャールズ・エルウッド・イェーガー(Charles Elwood Yeager 、1923年2月13日 - 2020年12月7日)は、アメリカ陸軍及びアメリカ空軍の軍人。退役時の階級は空軍准将。

公式記録において世界で初めて音速を超えた人物として知られる。


ベルX-1で世界で初めて音速を超えた男、チャック・イェーガーは、第二次大戦中、陸軍航空隊においてP-51に搭乗しエース・パイロット(エース・パイロットは敵機を5機以上撃墜したパイロットのこと)となる。戦後は、陸軍航空隊から発展したアメリカ空軍に入り、テストパイロットとして活躍、その後、空軍のテストパイロット学校の校長も務める。

これは『トップガン・マーヴェリック』でトム・クルーズ演ずるピート「マーヴェリック」ミッチェル大佐の経歴と重なるのではないか。実際、『トップガン・マーヴェリック』の冒頭、トム・クルーズ/ミッチェル大佐は海軍のテスト・パイロットである。しかも趣味でP-51の手入れしている。P-51は俳優トム・クルーズが実際に所有している機体のようだが、イメージとしては作中のクルーズ/ミッチェル大佐を、チャック・イェーガー(第二次大戦中の乗機はP-51)と結びつけるはたらきをしている。

ウィキペディアによるとイェーガーは「1963年12月10日、NF-104による高度記録達成に挑んだが、トラブルにより機は墜落するも無事生還を果たした」とある。マッハ10の記録達成後、機が墜落するも無事帰還を果たしたトム・クルーズ/ミッチェル大佐と似ていないだろうか。

『ライトスタッフ』(1983)という映画を観たことがあれば、映画の最後で、サム・シェパード扮するチャック・イェーガーは、ウィキペディアの引用にあったようにNF104で高度記録を達成するも、機体に不具合が生じ、墜落する機体からからくも脱出して、傷を負いながらも無事地上に降り立つ。これぞ、ライトスタッフ(適正な資質)の持ち主、選ばれしパイロットの鑑とでもいわんばかりに。

『ライトスタッフ』ではアメリカのマーキュリー計画に従事したパイロットたちの話がほとんどで(そういえば『トップガン・マーヴェリック』で、チェスター・ケイン海軍少将を演じていたエド・ハリスは、『ライトスタッフ』ではジョン・グレンを演じていた)、宇宙飛行をしなかったチャック・イェーガーは、異質の存在である。ただ、にもかかわらず、ライトスタッフを持つパイロットたちの一人でもある。そうマーヴェリック(一匹狼とでも訳せようか)。このチャック「マーヴェリック」イェーガーこそ、『トップガン・マーヴェリック』におけるトム・クルーズ/ピート「マーヴェリック」ミッチェル大佐のモデルとでもいえよう。トム・クルーズ/ピート「マーヴェリック」ミッチェル大佐は、海軍版イェーガーであり、また21世紀版イェーガーである。

そして『トップガン・マーヴェリック』の最初のダークスターのパートは、まさに『ライトスタッフ』の最後のイェーガーの記録達成と墜落脱出シーンへのオマージュとしても準備されいるのではないだろうか。

つづく
posted by ohashi at 23:01| 映画 | 更新情報をチェックする