私が初めて『ドレッサー』をみたのはサンシャイン劇場での上演で加藤健一はそのとき付き人のノーマン役で、座長が三國連太郎で、演出がロナルド・エアーで、この時の印象が強烈で、『ドレッサー』といえば加藤健一としか思えなかったのだが、実際には初演は1981年で三津田健/平幹二郎のペア、1988年が三國/加藤のペア、さらに2013年にも橋爪功と大泉洋、演出三谷幸喜で上演されている。したがった私がみた加藤健一のノーマンは本来ならその他大勢のノーマンの一人にすぎなかったはずだが、私の中でだけでなく、多くの人にとっても、ノーマンは加藤健一だったし、他の俳優たちのノーマンは、加藤=ノーマンのカヴァーのようにみえるから不思議だ。また加藤健一だからこそ、今回のように座長を演ずることが、なにか当然のことのように思えてくる。またこれも私だけではないかのだが、加藤健一によるふたつの『ドレッサー』を見ることができて長生きしてよかったということになるのかもしれない。
ただ、長生きしてもよくないこともあって、今回観た『ドレッサー』は私の記憶の中にある『ドレッサー』と違うのは、私が耄碌したせいなのか。役者というものは他人の記憶のなかにでしか生きられないというのは、この作品のなかにある有名な台詞のひとつだが、私の記憶のなかで、『ドレッサー』という作品は、新鮮なまま生きていたと思っていたのだが、私の記憶の中で実は腐っていたのではないかと、やや残念。
加藤健一のノーマンは、ほんとうに圧倒的な迫力でせまってきて、強烈な印象を残したために、加納幸和のノーマンは、やや損をしていて、加藤=ノーマンに比べてやや線が細いと思わざるをえなかった。しかし、それは二つの『ドレッサー』を知っている私だけの感想で、冷静になってみると加納=ノーマンも、実にいい味を出していて、今回の上演を成功に導いた立役者であることはまちがいない。だから変に比較などしないほうがいいのだが、ただ、比較すると、どうしもて気づくことがある。
前回の記事でも書いたが、ノーマンの口癖のひとつに「死んだ父親の遺言で……」とか「死んだ父親がよく言っていたことには……」というのがあるのだが、そして確かに加藤=ノーマンのときには、そうだったと確信しているのだが、今回は、死んだ父親に関する台詞も一度くらいあったように思うが、たいてい「私の友だちによれば……」が口癖になっている。実際、最後のほうでに「私の友だちよれて……」とノーマンが口を開くと、座長が、そんな話は聞きたくもない、どうせお前には、ろくな友だちしかいないんだからと遮るところがあって、そこは笑いどころなのだが、私がはじめて観た時は、おまえのろくでもない父親の言ったことなど聞きたくないと座長が話してた。
だから書き換えたのだろうか。おそらく今回のほうがオリジナルに近いのではないだろうか。もちろん、今述べたことは端的にいって私の記憶ちがいなのかもしれないが、それにしても、加藤健一がノーマンだった『ドレッサー』と加藤健一が座長を演ずる今回の『ドレッサー』とのあいだには、記憶違いでは説明できない違いしというものはあった。
これは私の解釈力がすこしは強化されたためか、演出力のせいかもしれないのだが、強いていうと30年前の加藤=ノーマンの『ドレッサー』は、シェイクスピアの『リア王』を上演するときの楽屋裏の芝居だったのだが、30年後の鵜山仁演出、座長=加藤の舞台は、シェイクスピアの『リア王』と一体化していた。所有having関係と同一化being関係との違いでもある。30年前の『ドレッサー』は、『リア王』を所有していた(上演していた)。30年後の『ドレッサ-』は『リア王』と一体化していた。例えば老座長はリア王をほうふつとさせる。また付き人のノーマンは、厳しいことも言うが、ご機嫌取りの付き人なのだが、老いた座長によりそうその姿がリア王に寄り添う道化にみえてくる。劇の最後は、取り残された道化の悲哀が漂うのである。
このことは演出が違うからなのか、私の解釈力が違って見せるのかわからないものの、30年前の『ドレッサー』は、座長と付き人とのやりとりが、笑わせつつも緊張感をはらんだ、濃厚な演劇空間を醸成する二人芝居という印象があったのだが、今回は、『リア王』の開場前から閉幕後に至る時間と同時進行する作品となっていて、楽屋裏でも人間模様と、『リア王』における人間模様とがシンクロする、メタドラマ性が際立った演劇となっていた(ちなみに30年前に私が感銘をうけたのは第二次世界大戦下、ドイツ軍の空襲のもとでシェイクスピア演劇を上演する行為そのものが、衰退し窮地に立っている(座長もそうだが)文化そのもののからの抵抗と存続の意志という文化的・政治的次元であった。もちろん、今回の作品にもそれがある。作者がユダヤ人であることもあって、この作品は、いまではナチスとネオナチに抵抗する作品ともなった)。
とはいえ30年前もそうだったのかどうか、わからないのだが、すでに『メタシアター』という本を翻訳(共訳)していた私が、メタドラマ性に気づかないことはなかったはずだが、『リア王』は、すでにhavingとbeingの関係で語ったことを、換喩と隠喩の関係でいえば、30年前は『リア王』は換喩的な存在で、作品の一部であったのだ、今回の『リア王』は隠喩的な存在で、作品の分身、あるいは作品の等価物であったということだろう。
もうひとつの特徴は、30年前も松岡和子氏の翻訳だったのかどうか記憶にないのだが、今回のシェイクスピア作品からの引用は当然、松岡氏の訳文である。もし30年前の『ドレッサー』も松岡訳であったとしても、シェイクスピアからの引用は、また訳出されていなかった作品も多かったはずで、同じ松岡氏の訳でも、たたずまいがちがったはずである。
どういうことかというと、今回、松岡氏は、ご自身のシェイクスピアの翻訳を使われているのだが(当然のこととして)、しかし、その翻訳は、すでに公刊されていて、完成されたシェイクスピア作品の翻訳としての強度のようなものを保っているはずである。そのため同じご自身の訳でも、別個に独立して存在している作品(翻訳)を取り入れることになって、そこにシェイクスピア作品の古典性あるいは他者性のようなのものが見事に再現されることになった。座長が、語り掛けている誰のことかわからない他者にはシェイクスピアも含まれているようだが、そうした他者性は、すでに厳然と高い評価とともに存在しているシェイクスピア作品からの引用でないと出てこない。これはたとえばもし私が、この作品を訳すとしても、シェイクスピアからの引用は、自分でその場で訳すのではなく、既訳(たとえば松岡訳)を使うのと同じことである。
またすでに述べたがメタドラマとしての『ドレッサー』は、劇場で『リア王』を上演する者が足りであって、最終的に『リア王』もいっしょに観たという感じがする。楽屋では、愚痴をこぼし、自信を喪失しながらも、役に立ちそうもないプライドだけは堅持している老俳優が、名句をし、衣装を着て、鬘をつけると、そこにまぎれもない、威厳のあるリア王が存在するという、ドラマあるいはメタドラマの空恐ろしい醍醐味を味わうことになる。ここに加藤健一という稀代の俳優の演技がともなうのだから、加藤健一→座長→リア王という三段階の変化を目の当たりする私たちは、この幸福を絶対に他に伝えなければならないと思う。
なお加納幸和のノーマンについても、 30年前の加藤健一のノーマンとは異なるのだが、軽さと深みとが混在する独特の演技で、リアに従う道化的なノーマンを見事に演じていた。花組芝居の公演からは遠ざかっていたのだが(べつに嫌いになったということはない)、今度見てみたいという気持ちになった。『女系図』も今度下北沢で上演することになったので。
最後に解釈の問題として座長の最後の遺言めいた感謝の言葉のなかに、妻から劇場関係者、観客、果てはシェイクスピアに対してまで、感謝の言葉が書き連ねてあるのに、どうして付き人のノーマンの名前がないのかという問題である。ノーマンはそれにショックを受ける。劇場監督の女性の名前もなかったのだが、彼女に対しては由緒ある指輪を与えようとしたし、実際、一度は断った指輪を彼女は最終的に自分のものにするのだから報いはあったのだが、ノーマンにはそれもない。
これはノーマンの愛と奉仕が無償のものであったことの、痛ましいが、また感動的な開示なのかもしれない。また母親的なノーマンに対して、あるいは召使的なノーマンに対して、芸術家気取りの座長は、最終的にうっとうしく思っていた、自己の演劇芸術的側面とは関係がないと思っていたのかもしれない。シャドウワーカーとしての母親とか下請けとか召使に対して感謝する者はいない。
(もうひとつ不吉な可能性として、今回、加納幸和のノーマンは、ゲイ的な存在であることを自然ににおわせていた。理容師とかメイクとか呼ばれる人たちは、そのすべてではないとしてもオネエ系の人たちは多い。その意味でオネエ系キャラのノーマンが座長に対して抱く思いはゲイ的要素があるのかもしれない。座長は妻(事実婚)がいると同時に、座員のなかにいるゲイの人物と親密な関係にあったと伝えられる。バイセクシュアルの座長にとって、ゲイの部分は隠すか抑圧しておくべきであった。したがってノーマンへの思い尾も影の部分に追いやられ、ノーマンの存在自体、言及されることはなかったともいえる。)
あるいは主人と召使との関係は、最終的にどちら支配者か被支配者かわからなくなるところがある。ピンターが脚本を書いたロビン・モーム原作の映画『召使』がその典型である。ヘーゲルのいう奴隷と主人の弁証法だが、この弁証法のなかで、最終的に主人めいた召使は、主人から嫌われることになる。ノーマンは結局、下にみられていたか、憎まれていたのだ。
だが、他にも解釈できる。座長とノーマンとは一心同体化していたので、感謝する必要もなかったということかもしれない。座長が感謝しているのは、他者に対してである。自分に対して感謝するのは(日本では一時「自分をほめてあげたい」というような表現が流行ったが)、基本的に傲慢な身振りであって嫌われるか、してはならない、いや、する必要のない身振りである。座長とノーマンは一体化していたのであるがゆえに、ノーマンに感謝の言葉はなかったともいえる。ノーマンにとって、それは残念なことであるかもしれないが、そこまで信頼されいたことの勲章のようなものかもしれない。感謝されなかったことが、最大の感謝あるいは誇りなのである。
と同時に、ここからさらにノーマンは、ほんとうは存在していないのではないか。あれは座長がつくりあげた幻のオルターエゴではなかったか。だから座長にしか見えない、座長の自我が存続のために創り上げた、スーパーエゴ的なオルターエゴではなかったのか。ただ、ノーマン自身はそれに気づいていない。自分が現実には存在していない妄想の存在でしかないことに、ノーマンは最後に気づくのではないか――最後まで気づかないといもいえるのだが。『リア王』のなかの有名な台詞を使えば、ノーマンはまさに「リアの影」であったのだ。