2017年08月02日

『ザ。マミー』

『サハラに舞う羽』という映画があった。監督は『エリザベス』『エリザベス ゴールデン・エイジ』のシェカール・カブール。主演は今は亡きヒース・レジャー。私ははじめて見る映画/物語だったが、これはAEW・メイソンの小説『四枚の羽根』のなんと六度目の映画化。 原題はThe Four Feathers。この羽というのは臆病者に送られる白い羽のこと。アフリカのスーダンへの着任を前にして除隊した英軍士官(ヒース・レジャー)に送られこの羽。四枚の羽根を送られた、つまり臆病者と非難されたヒース・レジャーは、汚名をはらすため、ひそかにアフリカにわたり、現地の反乱軍の抵抗にあって苦境に陥る英軍の仲間(4枚の羽根の送り手たち)を、ひそかに助け、臆病者の汚名を晴らすことになる。


ワーテルローの戦いあたりではまだ効果的だった英軍の方形陣も、ヨーロッパでは時代遅れになっていたのだが、アフリカではまだ使われていたものの、それもスーダンで反乱軍に破られていくという歴史的な時代、ゴードン将軍の戦死の時代を背景としている。シェカール・カブールの演出は力強く、また原作である、やや古臭い、友情と名誉の物語を、リアルな映像によって現代によみがえらせている。だが……。


捕虜になった友人を助けるべく、みずからも捕虜収容所というか、捕虜収地下洞窟に潜入する主人公は――とにかく見ている側が窒息しそうなくらい、人間がひしめき合いおりかさなり身動きもとれない洞窟の映像は一見の価値あり――、そこで策を講じて脱出する。その策とは、一時的に仮死状態になる薬物によって、死体と扱われて収容所から外に捨てられるというもの


仮死状態になる薬。え、『ロミオとジュリエット』か。そんな薬など、『ロミオとジュリエット』の時代にもなかったというか、あると信じられていたかもしれないが、そんなものはない。この仮死状態になる薬が、重要な設定になるところで、この映画は一挙に百年以上も前に後戻りしたかのようだ。


どんなにリアルな映像をまとってても、結局、仮死状態になる薬を利用することで、腐乱した死体の死臭に気づかされる。厚化粧という比喩はよくないことを知りつつ、あえて使えば、厚化粧の下の老いた肌に気づかされるとでもいおうか。若作りしていても、実は相当な年齢である、いやひょっとしたら生きていないのかもしれないと気づかされる、それが『サハラに舞う羽』の仮死状態になる薬だった。


差別的な比喩をお詫びするが、逆のことも考えられる。どんなに今風であっても、実は古めかしい、ノスタルジアを喚起するような作品づくりもできる。『サハラに舞う羽』は、むしろノスタルジアからは縁をきった現代性を追及したようだが、ただどんなに縁を切ろうとも、古めかしさのくびきからは逃れられなかったということができるとすれば、一見新しいそうで、実は古めかしい、いやその古さを楽しむような、ポストモダン的な方向性というのもありうるだろう。


『ザ・マミー』は1932年公開の映画『ミイラ再生』をリブートした作品ということだが、『ハムナプトラ』も、『ミイラの再生』のリブートということなので、この作品は、『ハムナプトラ』のリブートということにもなる。またユニヴァーサル・ピクチャーズのダーク・ユニバースの第1作目となる作品でもあるということ。うまくいけば現代の映像技術をふんだんに使いながら、どこかなつかしい物語や雰囲気などがあって、新しいとともにノスタルジックな作品が誕生すればいいということになる。


ただ問題は、ひとつあって、昔のユニヴァーサル・ピクチャーズのモンスター物というのは、B級ホラーでしょう。ノスタルジックというよりもB級映画感が支配的になってしまうと、いくらCGをふんだんに使っても、安物映画にみえてしまう。ノスタルジアには骨董品がもつ高級感がある。しかしB級ホラー・モンスター映画には高級感がない。そこをどうするかということかもしれない。


実際、映画制作側も模索しているのかもしれない。『ザ・マミー』は面白い映画だが、アメリカでの批評家の評判はよくない。それもわからないわけではない、トム・クルーズとかラッセル・クロウというスターを使っていながら、軽い。軽いのはいいのだが、それが安っぽさにつながってしまう。


そのため軽さを、どう評価するかで、全体の評価が左右されるのかもしれない。というのもこの映画、たとえばよみがえった闇の女王が、どこまで逃げても追いかけてきたり、時として悪夢の世界に引きずり込まれるということになっても――このあたりは、けっこう工夫が凝らされていて、それなりに興味ぶかいのだが――、全然怖くない。まえに映画『ウィッチ』が怖くないと書いたが、『ザ・マミー』と比べたら『ウィッチ』はずいぶん怖い映画だということがわかる。ということは、逆に、恐怖がうまくコントロールされていて、家族向き映画という作りをされているのかもしれない。


だから好意的に言えば、B級ホラーの世界を、家族向き映画にしたということかもしれない。とはいえ、たとえばジェイムズ・ホエイルの映画『フランケンシュタイン』が公開されたころの観客は、ボリス・カーロフ扮するモンスターにおびえたかもしれないが(ちなみにこの映画の科学者はヘンリー・フランケンシュタインとなっている(原作はヴィクター・フランケンシュタイン)、またモンスターには名前がない)、いまからみれば、怖くもなんともない、むしろ愛嬌のある、文化的アイコンとなった、ゆるキャラに近いモンスターである。


B級ホラーは時がたてば怖くなくなる。するとますます安っぽくなる。この怖くなくなることを、安っぽさと接続するか、家族向きホラーと接続するか、今後の作品展開を待つしかないだろう。


最後に、この映画『ザ・マミー』では、実は、怖い場面がひとつある。ほんとうに心臓の鼓動が激しくなり、あとあとも夢をみそうな怖いシーンがある。それは飛行機が墜落するシーンである。ミイラの棺を載せた輸送機は、ミイラの強力な霊力によって英国上空で空中分解しはじめ、墜落してゆく。トム・クルーズは、女性に唯一のパラシュートをあたえて脱出させたあと、みずから墜落する輸送機と運命をともにする。輸送機の壊れたドア付近に身を寄せるトム・クルーズと、画面に迫ってくる地表。飛行機に乗っていて墜落を経験した場合は、まさにあんなふうだろうと思い、恐怖に身がすくんだ。


そして暗転。死んだと思われるトム・クルーズは、死体安置所で、よみがえる。死んでも死なないのだ。もちろん多くの死人がでる映画だが、トム・クルーズの相棒も死んでも幽霊となってつねにつきまとっている。怖くない。やっぱり安っぽいか。


posted by ohashi at 14:34| 映画 | 更新情報をチェックする